見出し画像

簡雍さんは考えた。(短編の6)

簡雍は考えた。
多ければ良いというものでは無いのだな。
あまりにも鈍重で、軽薄に思える。
華々しく召集されたはずの連合軍は、
なぜ敗れたか。
そこにはどんな人が関わり、
どんな心の動きがあったか、
簡雍の興味はひたすらにそこであった。

漢王朝の衰退は極まった。
度重なる災害、不毛な政権争い、
黄巾の大蜂起、
さまざまな事由がまさにこの王朝の
終わりを告げているようであった。
そこに最後に咲いた悪の華が、
董卓(字を仲潁)である。
かつては西涼の異民族から畏怖され、
名将と名高かった男が、
暴虐の徒に化けた。
紆余曲折の後に政権を牛耳り、
幼い皇帝を傀儡とし、
最後は朝廷を私物化した。
それはあまりにも残虐で、専横的だった。
その董卓を打倒すべく
各地の諸侯たちが軍を集め、
十数万を数える大連合軍が結成されたのだった。
天下の名門、汝南袁氏の惣領
袁紹(字を本初)が盟主を務め、
哀れな皇帝を悪の手から救い出す
堂々たる布陣であるはずだった。

しかし敗れた。
数に勝り、義に勝り、名声で勝りながら、
敗れ、解散した。
董卓は都である洛陽を焼き
西の長安に逃げたのだから、
形の上では敗北ではないと言う者もいるが、
目的を達成できていないまま組織が
解散したのだから、
これは失敗であると言う他ない。
人は言う。
実際に戦ったのは、孫堅、曹操、鮑信らのみであり、まとまりに欠けたと。
人は言う。
袁紹の弟(諸説あるが)袁術が兵糧の手配を怠り和を乱したと。
それらは確かに敗北の
直接的な要因であっただろう。
だが簡雍の興味は、
その要因のさらに原因である。
なぜこの大きく煌びやかな組織は
まとまりに欠け、
和が乱れたか。
そこが知りたいのだ。

簡要は、無類の酒好きである。
それは酔う為に飲むだけで無く、
味の違いを楽しむという飲み方だった。
上等な酒が飲める身分では無いが、
好みの味とそうではない味は
明確にあった。
その違いは、水であり、材料であり、
手間である。
それを店の人に聞くのも楽しみだった。
戦の結末も、酒の味と同じではないか。
美味い酒と不味い酒。勝った側と負けた側。
その違いを比較してみることにした。
しかも上辺ではなく、材料、つまり
そこに居たであろう人の違いである。

まずは兵。
董卓の兵は強兵だ。
彼がはるか西の涼州で
異民族と戦っていた時から
苦楽を共にし付き従う者たちである。
常に戦場に身を置いてきたから、
荒々しいが、勇敢だ。
連合軍の兵はというと、
言わずもがな、寄せ集めである。
諸侯たちは各地から集まったのだから、
兵達の出自も違う。
言葉も習慣も微妙に違う。
更に言えば、つい先ごろまで
槍を突き合わせていた軍同士もある。
数こそ勝れど、
そこに一体感はもちろん無かった。

そして将。
董卓と袁紹の違い。
ここでは互いの性質というより、
互いの立場の違いだろう。
専横的か、共和的か。
戦という即断が求められる場において、
これは大きな違いだったのではないか。
董卓は頭領であるが、袁紹はあくまで盟主。
決断をひとつ下すのにしても
他の諸侯との折り合いがある。
苦労したに違いない。

あぁ、そうか。
一つの推察が浮かぶ。
大概の人は、尊大でも至高でもない。
困難に当たれば、目の前のことに
囚われてしまう。
この時、この将2人も恐らくそうであろう。
とすると、
董卓が囚われたものは何で、
袁紹が囚われたものは何だったか。
董卓は、自らの立場、
身の危険だったに違いない。
いかにも直接的である。
逆に袁紹はというと、連合軍としての
体制の維持ではなかったか。
天子を救い出すという目的が、
いつの間にか、この連合軍を維持するという
目の前の課題にすり替わり、
その解決に囚われてしまったのだ。
しかも彼は誰もが認める名家の出である。
利害関係が複雑に絡む同盟の中において、
貴公子としての面子を保とうとしただろう。
そんな盟主の元、本来の目的の為に
声を上げて動けるものが何人居たか。
人には社会性がある。
言い方を変えれば、
周りに同調する生き物である。
組織の中にあって、組織に意見し、
状況や環境を変え、
本来の目的に向かわせようとすることは
至極難しい。
互いの思惑、利害、
それらが混在するなら尚更である。
統率者が、
明確に目的を定め直すことができず、
迅速に決断できず、
丁寧に説明ができないのであれば、
解散して然るべきだったのかもしれない。

「とすると、、、」
簡雍は唸った。
体制を維持する為に終始する組織は
弱く崩れるということになる。
本来の目的を見失い、力を失う。
それは、つまり、
今の漢王朝のことではないのか。
朝廷の本来の目的である「治世」を見失い、
ただ「存続」の為に皆が終始している。
「玄徳よ。
本当にこの国に先はあるのか。」
そう呟く簡雍が握る盃には、
鈍く不味い酒が揺れていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?