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トリッキーで挑発的な構成で物語を読者に投げてくる/【感想】『嘘と正典』小川哲

零落した稀代のマジシャンがタイムトラベルに挑む「魔術師」、名馬・スペシャルウィークの血統に我が身を重ねる「ひとすじの光」、無限の勝利を望む東フランクの王を永遠に呪縛する「時の扉」、音楽を通貨とする小さな島の伝説を探る「ムジカ・ムンダーナ」、ファッションとカルチャーが絶え果てた未来に残された「最後の不良」、CIA工作員が共産主義の消滅を企む「嘘と正典」の全6篇を収録。奇想小説、歴史小説、そしてSF小説……ジャンルすべてを包含して止揚する傑作集の誕生。

小川哲の小説に出会ったのは『ゲームの王国』だった。
中でも強烈なインパクトを残したのは、共産主義者のスウ・フオンがカンボジアの遊郭で事に及ぶくだり。
フオンは娼婦を前にして「自分が娼婦であることに対する自己批判」をさせようとしたり、事に及んでは

それからは娼婦の尻が資本家で、ヴァギナが愚かな政治家たちだと想定して、自らの陰茎を革命的マシンガンとして激しく打ちつけた。

と描写し、事が終わるとフオンは退廃したブルジョワ主義の打倒と、真のプロレタリア革命の重要性を娼婦に説き始める。

ポル・ポトによるカンボジアの国家的ジェノサイドという凄惨な事実がベースのSF小説であるにもかかわらず、そこにギリギリの“共産ギャグ”を大胆に挿話するこの小川哲という作家はいったい何者なんだろうと衝撃を受けた。

最新作の『嘘と正典』は短篇集ということで、そこに小川哲の正体が垣間見えるのではないかと思い刊行してすぐに読み始めた。

魔術師』は語り手の父であるマジシャンの竹村理道の人生を賭けたタイムトラベルマジックのお話。
物語は本格ミステリファンを読者として想定しいるかのように理詰めで語られながらも、どこか登場人物の危うさが漂う不確かさがSFファンとしては心地よい。
(2020年1月10日現在、amazonで『魔術師』無料配信中)

ひとすじの光
書けなくなった小説家と父親が遺した競走馬の謎。
次は一転して競馬小説。血統主義である競走馬の世界と、そこに重ねられる家族の物語はまさしく行間を読ませる小説。

「父親がわからない」という言葉は、サラブレッドにとって重い意味を持っていたからだ。サラブレッドは血がすべてである。なぜならその定義は「両親がサラブレッドであること」だからだ。

この言葉は隠喩としては危険な見方になるものの、人間からみた競走馬の世界としてはとても悲哀に満ちた現実だ。

また“馬たちはレースではいつも命の危険を感じている”という事実から人間の身勝手な様に考えを廻らせつつ、競走馬の世界に魅せられた人間の業のようなものもを汲み取ることもできる。

時の扉』はおとぎ話のような語りから始まるものの痛烈な味わいの一編。
“変えられるのは未来ではなく過去”という「時の扉」の概念を恵み深き王へ語る主人公の話の結末はなかなかのカタルシス。


ムジカ・ムンダーナ
音楽が貨幣であり、財産であり、学問であるという文化的特色をもつ南の島の人々を訪れる一人の青年の物語。
ここでもまた父と子の物語が登場する。
幼い頃に音楽家の父から厳しいレッスンを受けていた主人公という。映画『セッション』の師弟関係を彷彿とされる親子関係と、いままで一度も聞かれた事のないという最高級の音楽を求める話はまたまた小川哲の術中にハマって行間を読まざるをえなくなる一編。

最後の不良
退職した雑誌編集者がなぜか特攻服を着てバイクにまたがり走り出す。
「流行をやめよう」が流行になり、差異を追い求めることを放棄した流行なき近未来の話。現代の社会批評的なものをちりばめた話ではあるものの、共感できる世代とそうでない世代でかなり印象が変わりそう。

嘘と正典』お待ちかねの表題作。
『ゲームの王国』が好きだったらこれはおすすめ。イデオロギーとSFが融合する小川哲節がこの作品でも炸裂。物語全体がある意味“共産主義ギャグ”かもしれない。

『嘘と正典』は最新刊であるものの、短篇集ということもありバリーション豊かなテーマと、トリッキーで挑発的な構成で物語を読者に投げてくる小川哲という作家を知るにはオススメの一冊だ。そのあとにイデオロギーSFとでも言うべき傑作『ゲームの王国』、デビュー長編のディストピアSF『ユートロニカのこちら側』と読み進めても良いかもしれない。
 

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嘘と正典
第162回直木賞候補作
小川哲/著
早川書房
1,760円 ISBN:978-4-15-209886-3


ゲームの王国

ゲームの王国 上・下
小川哲/著

サロト・サル―後にポル・ポトと呼ばれたクメール・ルージュ首魁の隠し子、ソリヤ。貧村ロベーブレソンに生まれた、天賦の「識」を持つ神童のムイタック。運命と偶然に導かれたふたりは、軍靴と砲声に震える1975年のカンボジア、バタンバンで邂逅した。秘密警察、恐怖政治、テロ、強制労働、虐殺―百万人以上の生命を奪い去ったあらゆる不条理の物語は、少女と少年を見つめながら粛々と進行する…まるで、ゲームのように。

ハヤカワ文庫JA
上下各924円
ISBN:上 978-4-15-031405-7 下 978-4-15-031406-4


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ユートロニカのこちら側
小川哲/著

巨大情報企業による実験都市アガスティアリゾート。その街では個人情報―視覚や聴覚、位置情報等全て―を提供して得られる報酬で、平均以上の豊かな生活が保証される。しかし、誰もが羨む彼岸の理想郷から零れ落ちる人々もいた…。苦しみの此岸をさまよい、自由を求める男女が交錯する6つの物語。第3回ハヤカワSFコンテスト“大賞”受賞作、約束された未来の超克を謳うポスト・ディストピア文学。

ハヤカワ文庫JA
924円 ISBN:978-4-15-031299-2


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すずきたけし
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