本屋の話

『ドラゴンボール』の二巻が発売した頃、小学五年生が終わり僕は転校した。新しい土地で友だちのいない春休みを過ごしていた僕にとって、救いは歩いて五分の距離にあった新刊書店だった。
その書店は十坪ほどの小さな書店で、雑誌とコミック、少々の文庫と書籍がある、本当に小さな書店だった。
レジも半畳ほどのスペースで奥にトイレがあるだけで、いつも店長が独りでレジに座っていた。
 当時はコミックにビニールパックなんてものはなく、なんでも読み放題だった。僕は毎日、日が暮れるまでその店でコミックを立ち読みしていた。
毎日一人で顔を出す寂しい子どもに同情したのか、店長はよく声をかけてくれて、よく会話を交わすようになった。そしていつしかレジの中で座ってコミックを読ませてくれるようになった。レジの中に入ると本屋の店員になった気がしてとても嬉しかった。
昼時になると店長からお金を渡され、近所のショッピングセンターのフードコートへたこ焼きを買いに行かされた。
レジの中で二人してたこ焼きを食べながらいろいろな漫画のことを話した。

中学生になってもその書店には通い続けた。ちょっとエロに興味が出始める年頃だ。
僕はコミック棚の前でさりげなく手にとったつもりの叶精作の『ブラザーズ』を、これまたさりげなく会計を済ませた。
背徳と興奮に胸とかいろんなものを膨らませて家に帰り、紙袋からコミックを取り出すと、一緒に紙切れが入っていた。
そこには手書きで「タケシのスケベ」と書いてあった。
今、この書店は無い。

店長はその後どうしているかも分からない。そう言えば名前も知らない。
僕を憶えているだろうか。
僕が書店で働いていることを知ったらどう思うだろう。
喜んでくれるだろうか。
あの時のように同情するのだろうか。
いずれにしろ『ブラザーズ』の一件だけは忘れていて欲しいと思う。

ふと自分の仕事を振り返ると、いつもあの時の書店を思い出す。

『BROTHERS-ブラザーズ1』 ※現在は Kindle版で読めます
叶 精作、小池 一夫/著

フリーペーパー「はれどく」掲載

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