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書評とかレビューとか

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これまで各媒体で掲載された書評や本のレビューなどをアーカイブしております。
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2019年12月の記事一覧

英知と私欲がぶつかる知られざる戦争/『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件』

2009年6月.ロスチャイルド家がヴィクトリア時代に創設した博物館から,約300羽の鳥の標本が消えた.世にも美しい鳥が行きついた先は,希少な羽で毛針を制作する愛好家たちの世界だった! この突拍子もない盗難事件を偶然知った著者は,最初は好奇心から,やがては正義感から,事件の調査に乗り出す.羽毛をめぐる科学史と文化史,毛針愛好家のモラルのなさと違法取引,絶滅危惧種の保護問題,そして未来へのタイムマシンとなりうる標本と,それを収集・保存する博物館の存在意義.スピーディーに展開される

狂気を観察する他者を得たことによって誕生した新たな「ヴェトナム戦争小説」/【感想】『シンパサイザー』ヴィエト・タン・ウェン

あらすじ 1975年、ヴェトナム戦争が終わった。敗戦した南ヴェトナム軍の大尉は、将軍らとともにアメリカ西海岸に渡る。難民としての慣れない暮らしに苦労しながらも、将軍たちは再起をもくろんで反攻計画を練っていた。しかし、将軍の命で暗躍する大尉は、じつは北ヴェトナムのスパイだったのだ!彼は親友で義兄弟でもあるスパイハンドラーに、将軍たちの動向を報告しつづけていた…。アメリカ探偵作家クラブ賞受賞の傑作長篇。 読み終わって、まずは考え込む作品である。 「共産主義者たちが勝つ前は

狂気すら感じるIOCのアンブッシュマーケティング規制/【感想】『オリンピックvs便乗商法』友利昴

広告で「2020東京を応援しよう」という文言を乗せた場合、これは法的にIOCから訴えられるものだろうか。 オリンピックの盛り上がりに便乗した商法、「アンブッシュマーケティング」が、いわゆる「便乗=悪」といった社会悪なイメージにすり変わりつつある現状など、ディストピアだなあと思う。    ロス五輪以降にIOCによるアンブッシュマーケティング規制の強化が常軌を逸していて、狂気すら感じる。  アトランタ五輪入場行進の際、遠くにマクドナルドの看板が映り込んでいることに気づき、店舗にス

人間を人間たらしめるものとは/【感想】『極北』マーセル・セロー

踏みしめられた雪を掘っていくと、初めは固く凍った雪のために掘り進むのに難儀するが、徐々に柔らかい雪へと変わっていく。 本書を読み進めるうちにそんな感覚を思い起こした。 舞台はシベリア大陸。アメリカからの移民である主人公がただ独り生活しているところから始まる。 物語は主人公に予想だにしない展開をもたらし、主人公を取り巻く世界の全容が徐々に明らかになっていくことが、それこそ雪を掘るかのように加速度的に物語を掘り進めていく。  我々は地図を理解するとき、「北」を基準に現在地や目

本とコーヒーについて語るときに我々の語ること

初読 なにがブレンドされているか判らないブレンドコーヒーをカウンターで受け取り、砂糖とミルクを手に席に着く。 スティックの砂糖は半分だけ、ミルクは全てを入れてスプーンでかき混ぜる。 コーヒーのやさしく甘い香りを鼻腔を受け止め、カップに口を付ける前に文庫のページをめくりはじめる。 ウィリアム・L・スタルの序文を読み始め、〝カーヴァー・カントリーへようこそ〟という締めの一文でようやく僕はコーヒーに口をつける。 〝私は友達のリタの家でコーヒーを飲み、煙草を吸いながら、彼女にこの話を

フィクションは事実を刻みつける力がある/『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド

キング牧師は言った「私には夢がある」と。  わたしたちは黒人の歴史をどれだけ知っているのだろう。アメリカ南部の農園から奴隷の少女が自由を求めて北を目指すというこの小説を読んで自分の無知さに恥ずかしくなった。そしてこの本に感銘を受け、本書の編集者をゲストに《小説『地下鉄道』から知るアメリカ人種問題の歴史》というトークイベント開催した。ついでにその月には併設するミニシアターで、南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を映画化した『それ

アメリカは如何にして憧れた空から爆弾を降らすにようになったか/『空の帝国 アメリカの20世紀』生井英考

一九〇三年、ついに人類は「飛行の夢」を実現し、「空の覇権」を争い始めた。貧弱な常備兵力しかなかった軍事小国アメリカは、ライト兄弟やリンドバーグら庶民が担った「空の文化」の一方、やがて空爆という悪夢に取り憑かれ、二度の世界大戦、ヴェトナム戦争を経て、9・11へと向かう。ドローンに象徴される二一世紀の空を、「補章」として大幅に加筆。戦争と「空の文化」の100年史。  人類初の動力飛行を行ったライト兄弟と、カーティス、ラングレーなど研究者たちによる航空機開発の隆盛。チャールズ