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夫の子育て

先日目に入ったのはこのニュース

https://news.livedoor.com/topics/detail/18632075/

政府は、男性の育児参加を促すため、妻の出産直後の夫を対象とした新たな休業制度を創設する方針を固めた。現在は母親にしか取得が認められていない産休制度の父親版と言える措置で、育児休業よりも休業中の給付金を手厚くし、家計の収入減を抑えることも検討している。政府は秋から制度設計に着手し、来年の通常国会に育児・介護休業法などの改正案を提出する方針だ。


おそらく、僕はかなり積極的に子育てに関わったほうだと思います。
その目線で言えばこれには大賛成。
その上で、あえて言います。
制度だけでは不十分。単にこれを導入しても家庭が破綻しかねません。

産休にしろ育休にしろ、男性のそれは「パートナーの出産及び育児」に付随するものです。
メインは女性。男はおまけ。
と言うと、いかにも責任逃れのように聞こえるかもしれませんが、決してそういうつもりではありません。

我が家の例で恐縮ですが、非常にわかりやすいケースだと思うので紹介させてください。

完母の我が家の場合

我が家は完全なる母乳育児でした。それが出産した病院の方針であり、妻も賛同、妻がそう言うなら僕に異論はありませんから、我が家の方針は完全母乳と決まりました。
となれば、何よりもまず優先するべきは母乳を飲ませること。社会で言えばインフラにあたるものです。これを止めるわけにはいきません。ですから、それ以外の全てをそこの都合に合わせて回していく必要があります。
例えば育児に必要な行為が100あるとして、優先順位第1位がインフラである母乳を出すことで、これは妻にしかできません。逆に言えば、それ以外の99のことは僕にもできるわけです。必要なとき、そして赤ちゃんが飲みたいと思ったとき、さっと母乳を飲ませてあげられるようにその他一切を引き受ける。それくらいのつもりでも大袈裟ではありません。そう考えれば、メインは女性で男はオマケと言った意味もわかってもらえるのではないでしょうか。

ただ、ここで邪魔になるのが男性側の自意識です。

子育てというプロジェクトでの自分の立場を知る

パートナーが専業主婦であればなおさら、もし外での仕事を持っている女性であったとしても、出産、育児で一時的に仕事から離脱している状況なら、男性としては自分が一家の大黒柱であるとの思いが強いと思います。
給料を持ち帰るという、まさに家庭のインフラを担っているのだという責任感、だから自分が優先されて然るべきという自意識。
多かれ少なかれ、男にはそういった感覚があるでしょう。いわば、「家庭」というプロジェクトにおいて、自分はリーダーであるという意識。
しかし、こと出産育児においては、それは全く当てはまりません。当てはまらないどころか、立場は完全に逆転します。プロジェクトリーダーはインフラを握る妻で、自分はサポーター。これをしかと心得ることが肝心です。

育児休業を取得しただけで、自分も積極的に育児に参加している慢心するのは危険です。
大切なのは、その家族のプロジェクトの趣旨に適った動きができているか、プロジェクトリーダーから評価してもらえるだけの働きができているかなのです。

さて、ここまで書いておいてなんですが、本当の本当のことを言えば、家庭においてはメインもオマケもありません。
給料を持ち帰る仕事がメインだと思っても、「家庭」がなければ虚しいだけです。家庭を持ちたいと思ったのは自分、であればそれを健全に運営していくためのインフラを整えるのは当然の責任です。
育児にしても、子どもをつくるのは男女共にいて初めて可能なわけですから、子どもを持った以上、双方が同じように主体性をもって子育てるあたるのが本来の姿です。
ただ、どうしたって女性にしかできないことがあり、それをサポートするのに、男性の場合は自意識が邪魔をしやすいという傾向を知っておくのは決して無駄なことではないでしょう。

そもそもこれから先は自分が主役でない場面が増える

そもそも、子どもが保育園、幼稚園でにも通うようになると、嫌でも思い知らされます。小さな子どもであっても、その子の人生においては既に子ども自身が主役なのだと。衣食住のすべてを管理し、あたかも自分が子どもの上に立っているような気になっていても、一歩子どもの社会に入っていけば、自分は「◯◯ちゃん、◯◯くんのお父さん」でしかありません。もはや名前すら呼ばれない。
とりわけ僕なんかは「僕は!」「僕が!」とつい前に出ていきたがるタイプなので、その気持ちをぐっとおさえて完全な裏方に回った育児期間は、
良い予行練習にもなりました。

いずれにしろ、制度を活用して休暇をとるだけでは片手落ちで、最悪なケースを想像すれば、いないほうがマシだった、なんて言われかねません。
何事もはじめが肝心。
男が赤ちゃんにしてあげられることなどたかが知れています。自分は今控えに回っているのだと自覚して、プロジェクトリーダーであるパートナーの女性をしっかりサポートする姿勢が男性の育児参加のカギではないかと思います。
そこが成功すれば、子どもを迎えて新しいフェーズに入った家庭内でのポジションもとりあえずは安泰。今回のコロナ禍のような状況になってもい、家の中に居場所がない、子どもと何を話したらいいかわからない、なんていう自体を退けられるのではないでしょうか。
初めて寝返りを打った日、初めて歩いた日、初めてしゃべった日。入学式や卒業式、子ども同士の喧嘩、部活の話、好きなアニメの話題。
子どもの成長とともに、そこに当事者としてかかわり、近くで見守っていけるかどうかは、赤ちゃん時代にどうかかわるかにかかっていると言ってもいいかもしれません。

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