#1_スペクトラムな日日是好日、別の世界での過ごし方
前回の「アスペをとっかかりに自己分析してみる」の続編として、エピソードと自己分析を綴っていこうと思う。題して「スペクトラムな日日是好日(にちにちこれこうじつ)」シリーズ。自分の中で行われてることって、まわりの人からは見えないし、想像以上に異次元なのだろうな。書くと自分の整理整頓にもなるし、続くか分からないけどやってみるー
別の世界にいっちゃってる時
母が「別の世界にいっちゃってる」と表現したあれは、たぶん何かのきっかけから脳内アルゴリズムが走っている状態なのだと思われる。こうしてnoteに書いてるようなことを頭の中であーだこーだとしゃべっているんですね。ひとり頭の中で。言語化以前のイメージをあれこれいじってる時もありますね。そうなると、外の刺激が遮断されることもある。
そして、どうもそういう時というのは、真顔かすましてるかツンと気取ってる感じらしくて、それが場の空気と不釣り合いだった時なんかに、いじられることもある(なんで笑われているのか分からない事はたぶんそれ)。
「今」をつかむ実験
この思考癖で思い出したことがあって。
たぶん小学生くらい。実家からおじいちゃんちに向かう夕暮れ。田舎なのでまわりは一面田んぼで街灯もなく、すぐにとっぷりと暗闇に包まれる。車の後部座席から外を眺めると、ガードレールの反射板だけが、ピューン!ピューン!と流星のごとく流れていくのです。ある時、等間隔で流れていくその光に合わせて「今」とつぶやいてみた。「今、今、今、今、今、今…」
一瞬の光に「今」というラベルを貼り付けて、目で追う作業。「今」を捉える実験だった。次々に後ろに流れいくのが不思議でね。
「今ってどこだ?」「今、今、今、今、今、今…」
そんなことをしていたら、『ちびくろさんぼ』のトラがぐるぐる回ってバターになってしまったように、「今」がパチンとつながってしまった瞬間があった。現在・過去・未来が「ひとつ」に溶けちゃった瞬間。
それで実験はおわり。
だから何?な結果ではあるけど、今ふりかえるとある意味、真理じゃない?
そういうことを、別の世界でやっている。
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