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今、14歳ぐらいのたくましい彼女へ

もうすぐ起きてて24時間が経つ。
程々の疲労感と、自然と眉間にシワが寄るこの黄色い光。
真夜中でも無いのに、あの日の夜を思い出してた。
それは私がまだ何者でも無い、9年前。

昼は暑くて夜はまだ少し寒い日もあった、ほんと最近のような季節。
アルバイト先のみんなで夜な夜な飲み会をしたあと、一人コンビニへ寄った。
当時から「飲み過ぎる」ことは滅多に無く、この日も意識がしっかりとあった。
いつも寄るコンビニ、アイスでも買おうとアイスケースの前に立ち、どれにしようかと悩んでいた時。


「すぃましぇん」


ふくらはぎあたりをポンポン、とされたとの同時に可愛い子供の声がした。

「ツナ缶って どぇのことですか?」

ん?ツナ缶か、ツナ缶はね〜と、缶詰ってコンビニに寄って置いてる場所違うから探すの大変だよね〜
と心の中で自分自身と話しながら、レトルト・食品コーナーへ連れて行く。

あ、ツナ缶無いかもね。店員さんに聞いてみようか?

「あ!だいじょおぶです!だいじょおぶです!」

そういって、ササササと小走りでどこかへ行った。


真っ赤な綿地のワンピースに、外履き用のクロックスとは言えないクオリティーのサンダル、ボサボサの髪型。
見上げて一生懸命話す姿は天使のようだったが、同時に様々な疑問が残った。

どこかへ行った、と行ってもコンビニ内には居るので様子を確かめに行くと
大人用の大きなカゴに無数の食材。
くちゃくちゃのメモを握ったまま、彼女は引き続きウロウロしていた。

深夜のコンビニ。
客はその子と、私のみ。

コッソリ店員さんに聞きに行こうとも考えたが、『当たり』の店員さんでない限り大ごとになるような気もして不意にやめた。

また同時に、店員さんで無く、私に聞いたのにも子供ながらに意味があるのかな、と考え私とその子で解決する道を選んだ。


「ね〜え〜、ツナ缶見つかった?」


あまり神妙な面持ちで近づいても不気味がられると思い、宝探しゲームをしていたかのようなテンションで彼女に聞いた。

(うん うん)

俯き加減で首を思い切り横に振る彼女の髪型は、少しウェーブがかってて
横わけに勝手にしたような、いや、ならないような、ボサボサの分け目だった。

見上げられた時と違い、その子の目線にしゃがんで目を見た時に察した。


この子はまさか、髪もとかしてもらえてないのかな…   と。



他の物はあった?

「うん!」

何回も強く首を縦に振り、引き続いて教えてくれた。

「これとね、これはね、いつもと一緒ぉ!」


何がどのように入っていたかは覚えてないが、カゴの中身は
乾き物やチーカマなど、無数のおつまみだった事だけは覚えてる。



そっかぁ!偉いね〜〜〜!いつも、こうして買い物お願いしますって言われるの?

「うんっ ママはいっつも忙しいから、あたしがねっ、こうしてねっ、お買い物にくるの」

すっごいね!一人でお買い物できちゃうんだ!いつもこの時間?(壁にかかった大きな時計を指差す)

「うんっ、そおよ。いつも夜なのっ」

そっか。そっかぁ….


飲み会終わりのアイスの味なんて、もうどうでも良くなってた。
私は、この子がコンビニを出るまで、いや、灯がある道を歩くまで、自分なりの最後まで、見届けよう。と、思い返せば話しかけられた時からもう決めていたのかもしれない。もちろん、お願いされればお家にだって、警察にだって行こうと思ってた。でも、彼女の言う事は尊重しようと。


この『ツナ缶』っていうのだけ、無かったってママに伝えられる?

「うん!」

自分のお菓子とかは、買わないの?

「ん〜〜    それはかぁないっ」


なんだか最後、小声になった姿を見て 買わないのか、買えないのか、
食べないのか、食べさせてもらえないのか。もう考えないようにしてた。


このお菓子の中だったら、どれが好き?

「これー!」

あはは、そうかそうか 美味しいよね!私も好き〜!


気がつけば、一緒に見た大きな時計の長い針がだいぶ進んでいたので、メモとカゴの中身を照らし合わせ、一緒にレジに行き最終確認をする。

お金の入った茶封筒を手に、レジの前に立つ姿と、
ピッピッと深夜に鳴り響く片手じゃ数えきれない商品たち。

レジの人は、この子に会った事があるのかな。
だとしたら今日で何回目なんだろう。
私もこのコンビニ来たことあるけど、初めて会ったもんな。
レジの人もはじめましてだったのかな。
今までこうして、声をかけてあげた人はいたのかな。

『合計、2890円です』


慣れた手つきで3000円を出し、お釣りはまた茶封筒に入れていた。
くちゃくちゃのメモも一緒に。決まりなのだろう。


その、2890円のコンビニ袋は ペッドボトルなども入ってパンパンだった。
大人でもゲンナリすような袋の姿に、一人で持たせるわけにはいかなかった。



大丈夫?途中まで持っていってあげようか?

「だぁいっ じょおーーぶぅ!」

きっと、眉間にシワが寄っていただろう私の表情に気を遣ったように振る舞う、冗談めかした答えだった。


あ、待って!これ!
いつもお使いお疲れさま、これプレゼント!あげるね。お家で食べてね。


そう言って、コッソリ別会計をしたお菓子をそのままコンビニ袋へ入れた。

彼女が迷わず指を刺したのは、緑色のプリングルズだった。
しかもロング缶。


「、、、。」


急に黙り込む彼女。


「い、いらな、いです」


その反応にビックリした私は、慌てて彼女の顔を覗き込む。


「お母さんに、怒られちゃいます」



その言葉の重み、表情、夜はまだまだ寒いのに、いつ着たのか分からない、どこ行きなのかも分からない薄汚れた真っ赤なワンピース。
「真っ赤なワンピースで一人でお出かけしてこようか」と言われたのかな。
それとも、「これ着て行ってきて」ってバッと投げられたのかな。
ほんとはうんと、ご褒美欲しいだろうに。
美味しいねって、食べたいだろうに。
プリングルズなんて、食べた事無い人じゃ無いと普通買わないよね、ってことは
食べたことあるからこそ、美味しい!って 知ってるはずなのに。
ポテトチップスはプリングルズって、そこはこだわりがあるのに
じゃあなんでこんな時間に自分の酒のつまみを平気で買いに行かせるの?
そこのお母さんとしてのこだわりは、自分の欲に負けてしまうわけなのね?


二人して悲しい顔をしていると、彼女が首から下げてた携帯が鳴った。


【ママ】


「もしもし?うんっうん、ううん、もうね、終わるよ。買えたよ。だいじょおぶ。今帰り道だよ。ごめんなさい。はぁい。」


大通りに出ていたのでママの声は聞こえなかったけれど、いつもより大幅に時間がかかってたから、電話をよこして来たのだと一瞬で分かった。

きっとママのじゃない、違う色した彼女には大き過ぎる携帯電話だった。


私は結果的に、ママに謝らせる事をさせてしまったのだと気がつき
もうこれ以上は「お節介」に当たるんだと気が付かされた。



せっかくだと思ったけど、じゃあお姉さん持って帰るね。気をつけて帰ってね!

「うんっ」

なんとも浮かない顔でこっちを見る。

おうちは近く?

「うんっ」

彼女から離れよう、離れようと 後ろ歩きをしていたが。



ん〜〜〜よし!じゃあ 1枚だけ、一緒に食べようか!

「え!いいの!!!」

もちろん、いいよ〜!


悔い気味で返事をしたのと同時に、スタジオアリスばりの笑顔でそう言った彼女。

私はもう、いいや、いいよいいよと一旦コンビニ袋は地べたに置いてもらい
プリングルズの透明の蓋を開けたあと、銀色のフタをベロっとめくって
王子様がお姫様に差し上げるように、一枚、彼女の口にあーんした。


ママ待ってるから、急いで食べて!

「あむあむあむっ」


小さな口からはみ出たチップスを、リスが木のみを上手に食べるように。彼女はサワークリーム味のプリングルズを横断歩道の前で上手に食べた。

私は舌に乗せるようにして口に入れながら、彼女の口についた塩を手のひらで綺麗で消した。手も入念に。

しょっぱい、秘密の味がした。


さあて、帰ろうか。

大きなコンビニ袋と同じぐらいの重さの彼女は、近所と言ってた道を力強く進んでいった。
着いて行ってあげたい気持ちをグッと堪えて、笑顔でバイバイした。


帰ってママに怒られてないといいけど。
プリングルズはあるのに、ツナ缶は無いっていう在庫状況ってなんなの?
コンビニを越えたところにある、ドンキホーテにも行ってるのかな。
パパの話、一回も出なかったかな。
あのグレーの携帯は誰の携帯なんだろうな。
ママにツナ缶無かったこと伝えるの、すっかり忘れてそうだな。
慣れる事やママに謝る事、お使いに行って来ること、それは当たり前じゃないってママが気がつくといいな。
だって本人は、気付いてたから。気づいた上で、やってあげてたから。


お名前は?

「名前ママに言っちゃいけないって言われてゆの」


あの頃から、うんと立派だよ。
今、14歳ぐらいのたくましい彼女へ。


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