見出し画像

(ホラー短編小説)「医療ミス」

とある日の事だった。某地にある総合病院に勤めている男性外科部長・倉山秀隆は診察中だった。
彼はエリート外科医で、一回もミスをしたことのないベテランだ。病院内でも評価は高く、次期副院長候補だと言われている。性格は温厚で気前のいい人物だが、裏は出世を夢見る冷徹な男だ。
そんな彼がこんな恐怖を経験するなんて、思いもしなかっただろう。
診察ではとあるご年配の女性・持田美子の診断結果を伝えている最中だった。まず自分が口を開き

「持田さん。単刀直入にお伝えします。あなたは、胃がんのステージ3です」

持田の娘が少し驚愕の顔をして

「あの、母は大丈夫なんですよね?」

自分は至って冷静な顔で

「ご安心ください。運良くステージ4までは進行してませんし、でも抗がん剤治療では治りにくいので、すぐに手術をしましょう。そしたら完治します」

持田親子は少し心配そうな顔をしたが、頭を下げて

「よろしくお願いいたします」

「大丈夫ですよ。必ず治しますからね」

2日後、持田の手術を行うことにした。
胃がんの腫瘍除去だけの手術だったが、かなり広範囲まで転移しているため、少し時間のかかることなのは、最初から予測していたため、時間は少し予定より早めに行うことにした。
手術室に入る自分。すると他の助手担当医師や女性麻酔医などが待機しており、自分に頭を下げた。
自分はこの光景が一番好き。なぜなら自分が一番トップに立ててるような感じで心地いいからだ。

「よし、始めよう」

手術開始からしばらく経った頃だった。急に心電図の動きがおかしくなり、自分は驚きながら

「何が起きた!?」

麻酔医が血圧などを確認して

「血圧が低下していってます。危険な状況です」

自分にとっては予想外だった。ほとんどの腫瘍を除去したのに何が起きたのか、全く見当がつかなかった。
すると自分の隣にいた男性助手が

「部長大変です!出血です!!」

見ると、とある部分から大量に血が溢れ出ていた。自分はこれは危険だと思い

「止血!!」

そこから色々と最善を尽くしたが、結局患者は死んでしまった。
原因は自分が切った場所が運悪く危険な場所まで達してしまい。その結果出血をして、血圧が低下、そして出血多量で亡くなってしまった。
自分にとっては、初めての失敗であり、かなり重大な医療ミスだった。何故失敗してしまったのか、よく考えたが見当もつかない。もしかしたら最近論文作成でゆっくりと休めてないのが原因かも、でも一度失敗してしまったため、キャリアに傷がつくと思い、近くにいた助手に

「なぁ金沢君」

「はい。お疲れ様です」

少し自分は思い顔をして

「今回の患者さんの娘さんには、手術中に心肺が突然停止して、そのまま亡くなったと伝えろ」

助手は少し驚きの顔をしながら

「それってまさか」

自分が頷く、これはつまり隠蔽だ。今回の医療ミスは無かったことにしてくれということだ。
それもそうだ。自分は出世を夢見る性格なため、傷がついて出世が出来なくなるのが一番嫌いだ。それだったら隠した方がまだましだと思っていたからだ。
すると助手が少し小声になり

「でも、そんなことしてもいずれバレますよ」

「そしたら奥の手だ。金をばらまけ」

「部長」

少し怒りの感じになりながら言う助手。すると自分は助手の方を掴んで

「頼む、私は次期副院長候補だ。この通りだ」

自分が深く頭を下げる。すると助手は少し呆れた声をしながら

「ばれても知りませんからね」

そのまま後にして行った。
自分は頭を下げたまま微笑んでいる。これで全てうまくいく、自分の地位もこれで安泰だし、もっと出世できるかもと思い、喜んでいたからだ。
その後、助手は持田の娘に自分の言った通りのことを言って、なんとか納得してもらった。
それは好都合で、他の医師から責められずに済み、本当のことは闇の中に葬り去って嬉しく思っている自分は、自室で笑っていた。

翌日のことだった。自分は普段通り出勤をして、ゆっくりと自室で論文作成を行っている。
すると院内電話がなり、それで出る。

「はい、倉山です」

声の相手は男性外科医だった。

「あっ倉山ですか?今受付に先生のお知り合いが来てるそうですよ」

「知り合い?」

「はい。先生に少し話をしたいらしくて」

「分かった。すぐ行く」

自分が電話を切った。一体自分に何の用か分からなかったが、とりあえず行こうと思い受付に向かう。
この時間には誰にも予定は入っていない。それどころか今日は手術もないためゆっくりと論文が書ける時間だったが、一体邪魔してなんだと思い込みながら、受付に着くと

「なぁ、俺に話があるから来てるって聞いたんだけど」

すると受付女性が笑顔で

「あっあちらに・・・」

自分が受付担当が手を向けた先に顔を向けるが、誰もいない。
受付担当も少し驚きの顔をしており、自分は

「誰もいないじゃないか」

と言うと、受付担当は少し慌てながら

「いや、さっきいたんですもん。和服を着たご年配の女性が」

「ご年配の女性?」

「はい」

自分にご年配の知り合いはいない。親父もお袋も少し前に2人とも病気で他界しているため、来るはずないが思っていたが、少し気になったため、受付担当に

「名前とか聞いてない?」

「えっと、確か持田さんって仰ってました」

「持田!?」

それは有り得ない。もしあの患者ならもう死んでいるため、自分に会いに来るわけない。
それも自分はオカルト系は信じないため、恐らく同姓同名の人物だろうと、それに話を膨らませるのはやめようと思い

「分かった。ありがとう」

自分はそのままその場を後にした。
戻っていく途中、誰かに見られているような感じがしたが、ここは総合病院のため、沢山の人間が出入りしており、誰か一人に見られていたっておかしくないことだ。
でも先ほどのことが頭に残る。一体誰なのか、自分に持田という知り合いはいない。それだとしてもタイミングが悪い。
あろうことか自分が医療ミスして死なせた人間の名前も持田だからだ。気味が悪くて仕方なかった。

「気持ち悪いな」

自分はそう言って部屋に戻った。
しばらく論文の作業を進めており、もうすぐ終わりそうだった。今回の論文は「がんの種類と新種の発見」というもので、少し自信を持っている論文だった。
この論文でいつかはロンドンの医学会で発表出来たらなと心の中で野望を持ちながらも、パソコンの手を動かしている。
少し休憩するため、パソコンの電源をフリーズすると黒い画面になり、自分の後ろに誰か立っていた。
驚いて振り向くと、そこには誰にもいなかった。するとドアをノックする音が聞こえて、返事をすると

「入るぞ」

入ってきたのは男性副院長・小野田だった。自分は滅多に自分のところに来ない副院長が目の前にいるため、慌てながら

「あっ副院長」

立ち上がって、少し緊張しながら固まっている。すると小野田は少し笑顔になりながら

「そんな固まらなくても良いじゃない」

「い、いや、小野田副院長がまさか来られるなんて、正直思わなくて」

「うん。ちょっと話があってな」

少し重い顔をしながら近くの長椅子に座る小野田。自分は少し不安そうな顔になり

「どうかされたんですか?」

「うん。実はちょっと小耳に挟んだことがあってな。どうやら君、最近手術を失敗したみたいだね。それでそれを隠蔽しようとした」

自分は目を見開きながら

「そ、それをどこで」

「どこでと言うことは、これは本当の事なのか?」

確実に小野田の目は凄くきつい。一体誰が漏らしたのか、これを知っているのは確実にあいつしかいない。そう思い

「誰が漏らしたんですか。金沢ですか」

「違う。偶然君たちの会話を聞いている看護師がおってな。まぁ金沢君にも話は聞いている」

自分は動揺のあまり、少し汗が溢れ出ていた。小野田は少し立ち上がって自分の椅子を見回りながら

「君は病院を何だと思ってる。病院はたくさんの患者さんの病気を治すためにあるんだぞ。でも君は、患者を殺しておいて、隠蔽をしようとした。自分の保守のために」

小野田は最後は机を叩きながら声を荒げて言った。こんなにキレている小野田は見た事がない、かなり怒っているのは確かだ。
自分が黙っていると、小野田は続けて

「例の患者さんのご家族様には、先ほど連絡をした。どうやら訴訟も検討するそうだ。覚悟しとくんだな。それに、例の副院長推薦の件、無かったことで」

小野田はそう言い残し、その場を後にした。
自分はせっかくのキャリアに傷がついたと思い、すぐに院内電話を掛ける。相手はナースステーションだ。
しばらくして出る音がして、どうやら声的には女性看護師長だった。

「もしもし、倉山だ。ちょっと聞きたいことがあるんだが、昨日の持田さんのオペ、確か女性看護師が一人いたよな。誰だか教えてほしいんだ」

看護師長は少し戸惑いながらも

「分かりました。えっと確か、伊藤直美ちゃんだったと思います」

「彼女は今どこに。大至急会いたいのだが」

看護師長は疑う様子もなく

「えっと、今は資料室にいると思います。何か調べるって言ってたので」

「分かった。ありがとう」

そのまま電話を切る。自分はある計画を頭の中で思いついていた。
もうキャリアも無くなり、恐らくこの件は表に漏れる。そう言うことになれば自分の医師人生も終わったのも同然だ。
それだったら、復讐をするしかない。その看護師を殺すしか頭の中に無かったのだ。
自分は奥を睨みつけながら

「やってやろうじゃなねぇかよ」

自分はそのまま資料室に向かった。時間は既に昼間になっており、食堂に行く医師や看護師なので、医局近くは溢れていた。
近くに知り合いの男性医師がいたため

「ちょっと、新垣君」

男性医師が振り向き

「あっ部長」

「すまん。資料室はどこだっけ?」

男性医師は普段通りの笑顔で

「あっ、そこの角を右に曲がって奥にあります」

自分は笑顔で

「ありがとう」

進む時の顔は誰にも見せたくない。悪意に満ちているからだ。
その顔のまま、誰にもすれ違わずに、資料室に着いた。あとは計画を実行するだけ、自分は少し微笑みながら入る。
確実に奥のスペースで誰かが作業している、後ろから何かで殴ろうと思い、近くにあった固い本を持ち、ゆっくりと近づいた。
少し息を殺しながらも、スペースまで行き、すぐに殴ろうと振り上げた。するとそこには看護師ではなく、和服を着た女性が椅子に座っていた。
自分は思わず本を落とすと、少しうめき声を上げながら、こちらに迫ってきた。顔は明らかにあの患者だった。

「なんでいるんだよ」

ゆっくりと近づいてきたため、自分は急いで室内から出ようとする。
しかし、ドアがびくともしない。

「なんでだよ。誰かー!!」

自分は思い切りドアを叩いたが、誰かが来る気配もない。後ろを向くと、真正面の奥からメスを持っている患者が迫ってきている。

「来るんじゃねぇよ。悪かったよ」

ドアを必死に動かすがびくともしない。

「ちくしょう!誰かーーー!!!」

するとドアが開き、外に出ることが出来た。自分は少しホッとしながら笑顔になり

「よ、良かったぁ。助かったぁ」

しかし周りは暗闇で、外も暗いかった。まるで夜のようだったが、さっきは昼頃であの室内にいたのも10分も満たなかった。
だから今は有り得ないことだ。どういうことなんだと思い込んでいると、奥から誰かが来る。
それは看護師の伊藤だった。自分は笑顔で

「あっ伊藤君」

伊藤が笑顔でこちらに来る。しかし足を止める気配はなく、まるで無理やりあの部屋に戻そうとしている。伊藤から押されている自分は怒りながら

「何するんだ!!」

しかし伊藤の動きは止まらずに、あの部屋に戻っていまい、扉も開かなくなった。自分は叫びながら

「おい伊藤!!何するんだ、開けろ!!」

すると耳元で誰かがささやく声が聞こえて、恐る恐る振り向くと目の前にあの患者がおり、メスを振り上げている。
自分は思わず

「うわーーーー!!!」

と叫ぶ声が閉まっている資料室から聞こえ、また静けさが戻った。一体この男がどうなったかは皆様のご想像にお任せします。

一言、恨みは怖いというものだ。

~終~

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?