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(連載小説)「殺人一首~岡部警部補シリーズ~」第2話(全3話)

翌日、自分は普段通り小学校で仕事をしていた。担当するのは1年1組。可愛い子供たちを前に授業する自分は、また百人一首とは違う優しい顔が出ていた。
今日の授業は算数。

「はい。このボールが2つあります。そして1つのボールがやってきました。全部で何個でしょう。紙に書いて先生に見せてね」

すると一斉に書き始める生徒達。自分は少し見惚れながらも、優しい顔で生徒たちを見ていた。
するとこの学校の校長をしている男性・浜田が手招きしている。
何事か思い、生徒たちに

「ちょっと待っててね。書き終わった人も待ってて」

教室を抜けて、浜田に小声で

「どうかされたんですか?」

浜田も少し小声になっており、少し慌てている。

「実はな。応接室に警視庁の刑事さんがお見えになってるんだ」

「警視庁?」

「どうやら、藤山先生に話があるらしいよ」

ちょっと予定より早かったが、刑事が来たからにはしょうがない。正面堂々と戦おうと思い、戦闘準備は万端だった。
そのため、少し微笑みながら

「分かりました。すぐに行くので、校長先生あとよろしくお願いいたします」

「あぁ、分かった」

そのまま自分は応接室に向かった。
その道中、一体どういう言い訳を考えようか迷っていた。恐らくアリバイ確認などをされるだろう。その時は最悪、一応作っておいた偽のアリバイを言うしかないと思っていたが、ちょっと待てよ。
何でこんなに刑事が来るのが早いんだ。自分と佐山を繋げるものはないし、誰も佐山と友人同士だと知ってる人間も少ない。
そう思ってると、いつの間にか応接室の前に足が付いていた。自分は行くしかないと思い、扉を開けた。

「お待たせして申し訳ございません」

そこにいたのは小柄の女性だった。スーツを着ており、いかにもザ・公務員という感じがしたが、自分はあまり気にせずにいると、その女性が立ち上がり

「あぁ、こちらこそ急にお呼びして申し訳ありません」

自分は女性に近づいて

「大丈夫ですよ。教師の藤山です」

すると女性がポケットから警察手帳を取り出して

「私、警視庁捜査一課警部補の岡部です」

本当に刑事だったと思いながら、笑顔で

「あぁ、よろしくお願いいたします。今日は一体どのような用で」

自分の勧めで2人は長い椅子に座った。すると岡部が手帳を開き

「えっと単刀直入にお聞きしますけど、佐山美優さんという女性ご存知でしょうか?」

「あぁ、佐山さんなら今度クイーン戦の対戦相手ですけど」

すると岡部は気になりそうな顔をしながら

「クイーン戦?」

なんだこの人、クイーン戦も知らないのかよと少し心の中で愚痴りながらも、笑顔で

「あぁ、百人一首です。男性の頂点のことを名人と言って、女性の頂点をクイーンって言うんです。それの年に一度の防衛戦みたいなものです」

なんでこんな単純なことを、この人に教えなければいけないのかと思いながら、早く帰りたい気持ちで一杯だったがなんとか耐えながら笑顔でいると、岡部も笑顔になり

「あぁなるほど。すいません、私ちゃんと調べてこなかったので、クイーン戦が何なのか分からなくて」

「あぁ、そうなんですね」

笑顔で言ってるけど、本心は刑事ぐらいそれくらい調べて来いよと、少し説教の一つでもしたかったが、そんな気力はないと思っていた。
すると、岡部が重い顔をして

「実は佐山さん、亡くなったんです」

「亡くなった?!」

渾身の演技だった。少し大げさのように聞こえるが、これが精一杯だった。
別に他の殺人者がどう切り抜けてるのか正直分からないし、ここまでのことしか出来ないと思っていると、岡部が

「あの、その件で少しお聞きしたいことがありまして、いいですか?」

「大丈夫ですけど、私も授業があるので、少し手短にお願いします」

「分かりました」

岡部は手帳を何枚かめくり始めてから

「えっとですね。昨日の夜10時頃、先生は何をされていましたか?」

「え?」

何を言い出すの?だって佐山の件は自殺に見せかけたし、どこからどう見ても自殺に見える。
でもこの刑事の発言を聞いてると、まるで殺人かのように聞いてくる。でもここで変に発言すると、この先に響くと思っていると、岡部が心配そうな顔になり

「あの、どうかされたのですか?」

「いや、まるでアリバイ確認のように聞いてくるから、少し戸惑っちゃって」

岡部は少し笑顔になり

「あぁ大丈夫ですよ。でも実は、佐山さん何者かに殺害された可能性がありまして」

「殺された?」

やっぱりだ。でもそういうことは、どこかで自分がミスを犯さない限り殺人だと警察にばれないはずだ。
でもそんなことより、この刑事に少しでも疑われないようにしなきゃと焦り気味になっていると、岡部が

「はい。まだ捜査の段階なんですが、少し気になる点がありまして」

「気になる点?」

「はい。そのため、私は殺人として捜査をしています」

なるほど、機密事項だから簡単には教えられないかと思い、少し残念そうな顔をしていると、そう言えば、岡部から貰った質問を返さなきゃと思い

「そうなんですね。あっ、えっと昨日の午後10時何をしてたかっていう確認でしたっけ?」

岡部も少し思い出したかのように

「あぁ、はい」

「えっと、その時間は友達と電話してました。確か白田咲っていう人です、確認すればわかります。そのあと百人一首の練習をしてました。何せもうすぐクイーン戦なので」

岡部は手帳に証言を書きながら

「なるほど、分かりました」

「あの」

自分は少し気になることがあったため、聞くことにした。
岡部は少し気になりそうな顔になり

「はい?」

「なんで私のところに来たのですか?もしかして、亡くなった人が自分の対戦相手だからってことですか?」

「あぁそれですとね。こちらの写真を見てほしいんです」

岡部は一枚の写真を見せた。それは小倉百人一首の束であり、そこには血痕が付いている。
岡部は続けて

「実は、私がこの事件が殺人ということを決めつけた要因である、かるたの束です」

「はい?」

「実はかなりおかしい点がありまして、まずここ血痕が付いています。それは絶対に有り得ません。だって佐山さんはマンションから飛び降りてるんですから、血痕が付くわけないんです」

「確かに」

でも自分は少し思い出した。何故血痕がついたまま手札を触ってしまったのだろう。よく考えたがあまりあの時の記憶が出てこない。そう思っていると、岡部が

「それに、この束、調べたところ最初から最後まで順番通り並んでました。ですから、百人一首に詳しい人物が関わってると思い、一人ずつ調べていたところです」

「一人ずつ?!大変ですね」

何故か一気に悩みが吹っ飛ぶような言葉だった。この世に何千人と百人一首の選手がいるものか。
本当か嘘か分からないが、本当だったらこの刑事は凄腕と言ってもいいくらいだ。すると岡部が笑顔で

「でもこれに、かるた関係やこの小倉百人一首に詳しい人物の犯行だと思います」

「なるほど、かるた好きの人ね。もう犯人像とかは掴んでるんですか?」

「いえ、まだそこまでは」

なんでそんなこと聞いたのか全く分からなかったが、なんとなく聞いてみたかったもしれない。
一瞬何故か背筋が凍ったが、岡部の反応を見て疑われていないと思うと、少しホッとした。
すると岡部が

「ではここで失礼します。本当にありがとうございました」

2人は立ち上がり、自分も本当はこんな人に礼など言いたくなかったが、とりあえず大人の対応として

「こちらこそ、お役に立てず申し訳ないです」

すると岡部が笑顔で

「いえいえ。では失礼いたします」

ドアの前まで岡部が向かった時、岡部が突然振り返り

「あのすいません」

「はい?」

「もう一つだけ」

いきなりなんだと思いながらも、少し笑顔で対応した。すると岡部が続けて

「あの、黄色い鳥の名前なんでしたっけ。実は亡くなった佐山さんの部屋にいたんですけど、ずっと思い出せなくて」

そのくらい調べとけよとつい言いたくなったが、ここは堪えるところだとも思い、笑顔で

「文鳥ですか?」

「あぁそうです。文鳥です。ありがとうございました」

そう言って部屋を出ていった岡部。でもあの笑顔は何か掴んだような顔に感じた。
でも自分は何も考えず、ただ授業に戻ることにした。でもその時まだ気づいてなかった、既に岡部から目をつけられていたことを。

その日の午後、クラブ活動にてかるたクラブの顧問を務めている自分は、子供たちにかるたを必死に教えていた。
すると、別の女性教師が室内に入ってきて

「あの、藤山先生」

「はい?」

「お客様がお見えです」

「お客様?」

こんな時にお客様とは一体誰だと思っていると、すぐ近くに見かけた事のある女性が、札を見ながら

「あの、この句大好きなんですよね。千早振る神代も・・・」

「きかず竜田川 から紅に水くくるとは」

自分が間に割り入って言う。すると岡部が少し戸惑いながら

「あっ先生。すいません」

「私もその句大好きなんですよ。思い出あるんで」

その思い出は、初めてクイーン戦の決勝に行けたとき、最後に取った句がこの札だった。未だに忘れず、身近にも名前を付けるほどだった。
すると岡部が笑顔で

「そうなんですね」

早く要件を済ませてほしいと思い、少し顔色を変えてから

「あの、ご用件は?」

「あっ実はですね。事件当夜、藤山先生が連絡を取っていた、白田咲さんにお話を伺うことが出来ました」

「あら、そうなの?」

「はい。そしたら確かに藤山先生と電話したと証言してくれました。それに藤山先生、インコを飼ってるみたいですね」

「あぁえぇ」

長年育てているインコはいる。名前は「竜田」当然あの句から来ている名前だ。すると岡部が続けて

「それでですね。白田さんが言うにはですね。どうやら後ろでインコの声をしていたと、これでアリバイは立証されました」

それは当然のはずと思いながら、心の中で少し微笑み、そして顔も次第に笑みが出なかがらも

「それは良かったです。ずっと気になってたんです、疑われているんじゃないかと」

「大丈夫ですよ。あっそれで、少し気になることがあって、ちょっといいですか?」

「なんでしょうか?」

この女の気になることは、自分を追い詰める武器だということは既に分かっていた。でも一応聞かなければいけないと思い、笑顔で言うと、岡部が

「これを見てほしいんです」

すると岡部が写真を鞄から取り出した。それには何やら食べ物が映っていたが、完全に自分たちが食べるものではない。
完全にエサというものだった。一応思い当たるところは、あの文鳥しかいない。
自分は少し気になりそうな顔をしながら

「なんでしょうかね。エサですかね」

「そうなんです。エサなんですけど、これ調理途中だったんです」

「調理途中?」

そんなことよくわかるなと思いながらも聞くと、岡部はもう一枚の写真を取り出して、自分に見せてきた。
その写真には調理方法を書いたレシピらしい紙が映ってあった。岡部は続けて

「実はですね。この恐らく主食である混合フードは作られてあったのですが、この玄米や木の実などは調理されていなかった」

「一体それがなんなんですか?」

「はい、ということはですよ。調理を途中で終わらせた原因、それはですね。恐らく誰かが来たと言うことになります」

「誰かが?」

それは私だ。確かにあの時文鳥がいたのは知っているとが、エサを準備していたのなんて想像もしていなかった。
とんだ失態だ。もし気づいて捨てたりしてたら、気づかれなかったかもしれない。少し後悔の念が襲った。
すると岡部が

「はい。恐らく誰かが来たために、調理を途中で終わらせざる負えなかった。そしてそのまま殺された」

「でも、例えば配達とかだったら」

「それは有り得ません。エサを途中で終わらせてるんですよ。もし配達だったら、終わった後に続けるはずです」

「まぁ確かに」

「恐らく、知り合いでしょう。それでそのまま殺された」

つまりこの女は何が言いたいのか分かった。知り合いが犯人のため、その知り合いを捜査するということだ。
そうなると、自分が佐山と大学の同期だったというのが知られてしまう。そうなると自分が余計に疑われてしまう。そう思っていると、岡部が

「あの、呼んでいますけど」

自分が振り向くと、生徒の一人が自分を呼んでいる。

「すいません。私も一応仕事中なもので、また話聞きますので」

岡部は笑顔になりながら

「分かりました。ありがとうございました」

と言って室内を後にした。自分はこの刑事、厄介だなと思いながらも生徒の相手をしていた。

その日の夜。自分は残業のため、必死に仕事をしていた。するとたまたまネットニュースを見たくなり、それを開いた。

「な、なにこれ」

そこには「百人一首クイーン・藤山真帆 八百長疑惑」という記事があった。それを開くと、自分が八百長をしたときのことが事細かに書いてあった。
恐らくあの女がばらしたんだろう。何よ、散々脅したくせにもうばらしてたなんて、それだったら早くに殺せばよかったと、少し後悔していると

「あの」

声を掛けてきたのは、男性警備員だった。自分は笑顔で

「あっ、お疲れ様です。どうかされたのですか?」

「あっ、お客様がいらっしゃてます」

「お客様?こんな時間に誰かしら、いいですよ」

どうせ来たのはあの女刑事だろと思いながらも、通すだけにした。
あまり今の件で、少し怒りの気持ちで一杯だったが、堪えながらもパソコンを閉じて、待つことにした。
すると岡部がやってきて

「あっ先生」

「どうも」

すると岡部の手には、週刊誌の本があった。恐らくあの件だろうと思いながらも、岡部に

「その本は?」

「あっ先ほど先輩の刑事さんからもらいまして、そしたらそこにこんな記事が」

岡部が本を開くとそこには確かに、自分の八百長疑惑記事が一面にのってあった。
自分はやはりかと思いながらも、少し怒り口調で

「それだったら、さっきネットニュースで見ました。本当に侵害ですけどね」

「私は、これが本当のだと思ってます」

「は?」

突然何を言い出すのか訳が分からなかった。でも岡部の顔を見て本気で言ってる感じには見えたが、それはそれで侵害だ。
自分は殺人だけではなく、なんで八百長疑惑まで疑われなくちゃいけないのかと思いながらも、少し怒り口調で

「何を言い出すのかと思いきや、本当にあなた失礼な人ね」

少し睨みつけた。すると岡部は冷静な顔で

「実はですね。よく調べてみました。そしたら、佐山さんと藤山先生、あなた方は大学の同期で、同じかるた研究会にいたみたいですね。これで全てが繋がりました。あなたは恐らく、この件について脅された。だから」

「何よ!私が犯人だって言いたいの?ふざけないでよ。そしたらちゃんとした証拠持ってきて、そうしないと話にならないわ」

初めて怒鳴ったかもしれない。子供たちに見せる顔とは真逆の顔になり、激しく怒った。すると岡部が

「この件については、近いうちにあなたを逮捕に来ます。それだけ伝えに来ました。それじゃ」

そのまま岡部は部屋を後にした。でも自分は余裕だった。
絶対に捕まらないと意気込んでいたからだ。

~第2話終わり~

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