記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

宮﨑駿「スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか」メモ

■まえがき
「君たちはどう生きるか」の絵コンテを読んだ。
次に本編を見るときのために、目を引いた箇所をメモしておく。
以下、〈 〉は引用。

 ■Aパート(カット1~220)007p

●カット112 064p 〈ドアをしめ部屋をよこぎり ここにヒザをおり サイドテーブルにお盆ごとおやつをおき お茶と貴重なカリントウ〉
夏子、眠る眞人のベッドサイドに。
本編ではシベリアに変更されていた。「風立ちぬ」で印象的だった。

●カット170 088p 〈絶対に行ってみようとマヒトは思っている〉〈(マヒト)ハイ〉
夏子に塔に近づいてはいけないと言われて。所謂イイコではない。

 ■Bパート(カット221~503)115p

●カット257 133p 〈マヒト 時代劇がかるのはヤムを得ない〉〈(マ)お前は何者だ ただの青サギじゃないだろう〉
自ら石で頭を傷つけたあと、木刀を持って対峙したところ。アシタカふう。

●カット325下の補足 168p 〈相当おかしいけど 夏子の部屋 概念図〉〈四次元空間ですがこうします〉
凄まじいレイアウト能力(空間把握)と、パースを無視してでも迫力を出す主観との、両立。

●カット376 191p 〈マヒトは、夏子への感情移入を拒んでいる〉
矢に羽根を挟む糊を作るために白米をくすねたとき、窓の外で夏子が森へ歩くのを見遣るところ。
この時点ではそうなのだ。
その数時間後に例の本を読んだ後は、変わっている。

●カット382 197p 〈この映画はじめてのマヒトの笑ガオ〉
羽根を固定した矢が、想定以上に放たれて壁に突き刺さったあと。
決して善性の笑顔ではない。この時点では。
やはり例の本を読むところが、ひとつの山場であって、鬱屈→読書→すでに変容しかけた眞人が、別世界で体験を通じて確実に変容していく過程が、この映画なのだろう。
死や戦いといった明確な出来事でガラッと変わるのではなく、徐々に変わる。
継ぎ目は判然としない。

●カット448 230p 〈まぎれもない母の横顔 夏子と同じというなかれ〉
寝椅子で溶解する(諸星大二郎「暗黒神話」の弟橘姫のごとく)直前。
ジブリ顔と揶揄する客や、スタッフへの一言?

●カット471 240p 〈iNしてサギ男を追う(したう?)マヒトの矢〉
ホーミング矢のところ。
どういう理屈やねんと思っていたが、そうか離れた羽根が元の主人を慕っていたのか。

 ■Cパート(カット504~762)261p

●カット607 313p 〈ベックリンの死の島の糸杉のように たそがれの空の穴の下 まっくろにそびえる糸杉 その根元にはレバノン松のよう傘松がしげり 更にカメラが下ると 坐礁した巨大な箱舟が鉢になっているのが判る〉
この本の表紙にもなっている。
ベックリンだとは気づいたが、その土台が箱船だとはまったく気づかなかった。
座礁した箱船の上に……って、押井守「天使のたまご」の核心じゃないか。
駿、おそらく無意識的にあらゆる映像的記憶をパッチワークする作家だと思うが、そこに押井守も加わる……「天使のたまご」ふうにいうならば列聖するなんて、胸熱。
あるいは同じ文化圏、似た教養が源泉だからか。

●カット642 331p 〈日本的な台所と軍艦のもう使われていない圧力鍋が同居している部屋 暗い灯火は炉からの光〉
キリコの部屋。
箱船の上の部屋だと思うと印象が変わる。
軍事的な調度品を、憧れだけでなく、たそがれの気分に浸して描く。

●カット703 365p 〈マヒトはいまとても素直な心でいる〉〈(マヒト)おばあちゃんたち ごめんね〉
テーブルの下で婆さん泥人形の結界に囲まれて横たわって、現実世界で冷たくした態度の謝罪。
眞人の変容を、絵的なメタモルフォーゼだけでなく、内面まで丁寧に丁寧に描いている。
(cf.絵的には、寝間着→洋服→頭部右側面の剃り→タンクトップ→エピローグでまた洋服)
自分には経験はないが、下女とかハシタメとか召使とか(もっと柔らかく言い直せばお手伝いさんとか家政婦とか)、人を使っていた側の人の持つ、罪悪感。
駿くらいの世代が最後なのか?
(cf.ウィリアム・フォークナーは黒人奴隷との関係、太宰治は下女との関係、を中年になって振り返っていた)

 ■Dパート(カット763~985)391p

●カット872 440p 〈マヒト 一寸言いたくない 眼をそらして〉〈(マヒト)……ちがうよ 夏子さんは父さんがすきなひとだよ〉〈わずかにうつむいて〉〈ぼくの母さんは死んじゃったんだ…〉
ヒミのジャムパンを食べたあと。
あれ、ヒミが自分の母って、どこで気づいた(知った?)んだっけ。
このパンが母さんだ的な安直な気づきではない。

●カット909 455p 〈どうするか? マヒト混乱する ヒミはおもわぬ展開を楽しんでいる〉〈(マヒト)父さん!!(ヒミ)かえるか? 手をはなせばかえれるぞ〉
鋳鉄製のノブのついた扉(132)の向こうで、勝一の姿を見て。
将来の夫を見る少女のウキウキ?

●カット950 475p 〈狂女の叫ぶ(本心)〉〈(夏子)あなたなんか大キライ 出ていって!!〉
支石墓に助けに行ったというのに、眞人が夏子に拒まれるところ。
アクションを描く作家という評判と反して、モブにいたるまで登場人物の心理を想像する(実際に絵で描くかどうかは別)駿だから、なおざりにするわけがない夏子なのだが、個人的には彼女の気持ちを映像から読み取り切れなかった。
ここ、眞人を思いやって危険な場所に来ないでと敢えてきつめに言っているのかなと思っていたが、本心だとか。
ネット上の感想で、夏子は実は産みたくなかったのでは、と聞いた。
確かに絵コンテにもハッキリ墓と明記される場所まで、ゆらゆら歩く彼女の心理たるや。
しかし少なからぬ妊婦は産みたかったり産みたくなかったり揺れるものかもしれない……このへんは今のところ私にとっては判らないし、当人にも謎なのかも。

●カット980 486p 〈ノロノロとヒジをヒキ カオをあげようとする夏子〉〈大谷さんにポーズをとってもらいましょう!!〉
眞人と夏子とを御幣が襲って、かたや倒れた眞人を支えるヒミに対して、倒れたままノロノロと夏子が顔を上げる、というところ。
巻末のスタッフロールを見てみたら、動画担当に大谷茜という名前が。
似たような髪の量?
いや、駿……「夢と狂気の王国」におけるサンキチさん(三吉弓子さん)に代わる恋慕の対象を見つけていたのか?
と、岡田斗司夫と同じスタンスで茶化してしまいたくなってしまうが、そういう想像裡の色気って大事だと思いますby中年。
あるいは自分にない色気を駿に期待しているだけか。

●カット983 488p 〈マヒトはかばうように二人おりかさなってたおれる カーテンが自分でとざされる 暗くなる〉
確か本編では音楽の高まりから終焉と同時に、ブザー音が鳴っていたような……勝手な記憶か。
というのも、ここ数年熱中している「少女歌劇レヴュースタァライト」以来、幕に敏感になってしまっている。
横に動く幕も、縦に垂直に降りてくる緞帳も、美しいものだ。
今回は左右から閉じるパターン。
初見時も幕の襞や質感に、何かしら感動したと思う。

 ■Eパート(カット986~1254)491p

●カット1011 501p 〈夕陽をあびた草原に浮ぶ石(積層岩)〉
「積層岩」は地質学の専門用語では、決してないらしい。

●カット1013 502p 〈マヒト見上げて 背中がさむくなってる〉〈(マヒト)この石がこの海の世界をつくったのですか?〉
パースおかしくなってサイズ感も距離感も判然としない、得体のしれない浮かぶ石に、先祖が触れて、こだわっている……そりゃゾッとするわ。

●カット1020 503p 〈冗談ではない ぼくはイヤだ〉〈(マヒト)あの積木もですか〉
珍しく、内面を書いたト書き(?)。

●カット1034 509p 〈マヒトおもいきりけっとばすが ゆとりでかわすインコ〉〈☆チャンチャカは、打合せのとき実演します〉
両腕を鉄環で吊られた眞人が、サギ男の助けを得て脱出する直前。
ドキュメンタリー「NHKプロフェッショナル~君たちはどう生きるか~宮崎駿82年間の生きざま」で、あったっけ?
いや、なくてもこの文言だけで、脳裏に駿の動きが浮かぶ。

●カット1036下の補足 511p 〈判らなくなりました! 昔の肉屋さんでよくみたものです〉
眞人を料理しようとするインコの包丁。

●カット1044 517p 〈インコ居住区 手をふり花を投げ紙クズもなげ 下を通る者を祝福している (実は殺ろせと叫んでいる)〉
戦時下、狂騒に流される人への皮肉。

●カット1056 522p 〈DUCH! とは頭領の意(イタリア語)〉
プラカードの印象的な文言。

●カット1067 527p 〈インコ兵口々に叫ぶ 大王が死をも決して行くのを知っているのだ〉〈(インコ兵A)わたし共にお伴をさせて下さい!(インコ兵B)なにとぞお伴を! お伴を!〉
軍組織への皮肉。
「風立ちぬ」では単に露悪的な描写だったが、本作では少し可愛げがある。

●カット1077 533p 〈沖合にキリコの船がさりげなく〉〈塔のいかにも基部の方 庭の一部と海 キリコの舟!?(わずかにスライド)〉
つかまった蔦が剥がれたため落下する眞人を、青サギがキャッチしホバリングするところ。
気づかなかった……!

●カット1086 542p 〈はたしてマヒトと青サギの運命はいかに…というかんじです〉
塔の内部の橋脚を、大王にバラバラにされて、落下するところ。
確かにここからしばらくカメラは大王に寄り添う。

●カット1102 548p 〈あるく大王と大叔父 二人は旧い友人なのだ ほんとにゆっくり大王は左ウデを大叔父の背にまわしている〉〈(大叔父)ハハハハ…たしかに産屋に入ったのはまずかったな〉
カット1098でも〈ゆらりと立つ インコ大王自然に手が出る〉ともある。
単純な敵対ではない、わかりづらい関係性。
正義とか悪とかではないのだ。
ひょっとしたら造物主と被造物という関係すら曖昧化しているのかも。

●カット1143 567p 〈もう陽のなごりはない〉
眞人とヒミが大叔父に話に行く途中、空模様がズンズン変わる。
カット1144に〈昼と夜の境目〉とあるように、場所を境界と見做す以外に、時間を境界と見做すこともあるのだろう。
残された時間が少なければなおさらのこと。

●カット1171 577p 〈大叔父アップ 白毛が「天使の卵」風に色トレスで風にゆれる〉〈時間がない!!〉
本書で一番熱いのは、ここ!
押井守「天使のたまご」。
作画監督の名倉靖博は、ジブリでは「天空の城ラピュタ」で原画を担当。
でも本編で、一部シーンだけ色トレス(cf.「となりのトトロ」主線は茶カーボン)ってあったっけか?

●カット1182 582p 〈石の表現から 無数の剥離がはじまる 忍耐で、描いて描いて重ねて重ねて下さい セルもむこうもこっちも、下も上も重さねて重さねて重量を描いて下さい〉
インコ大王が積木を倒した直後。
このカットの直後、暗黒物質でインコ大王、ベタベタになってインコにメタモルフォーゼ。
もののけ姫のドロドロをつい連想。

●カット1189 586p 〈青サギ 一生一代のサービス〉〈星がわれた つかまれ〉
眞人とヒミを両足につかまらせるところ。

●カット1197 590p 〈ビシビシひびが走り 宇宙の闇にくわれていく〉〈SE 掃除機の音〉
崩落していく光の通路を、眞人とヒミと青サギが駆け抜けるところ。
そんな音だったっけ?

●カット1225 603p 〈ふりむきワアッとなる夏子(明るく) マヒトは(記憶を失ってないので)ああっとなる〉
大量の鳥に眞人と夏子が囲まれているところ。
急に夏子が無邪気な顔になるが、なるほど記憶を失っているからなのか。

●カット1242 611p 〈芝居がかったポーズ〉〈(青サギ)あばよ 友だち〉〈はばたき おもわぬ軽快さで ま上にとんでいく 1回8コマ位です(柳瀬川での観察)〉
舘野仁美が「エンピツ戦記-誰も知らなかったスタジオジブリ」に書いていた、駿が鳥に「おまえ、飛び方まちがってるよ」と言うのを目撃した、という挿話を思い出す。
脱線だが、鈴木敏夫と押井守の対談で、ウェールズ地方に取材旅行に行ったとき、断崖から波頭を覗き込んだ駿が、「自分が落ちていくのが〇枚で作画できるのがハッキリ見えた」と言っていた、というのも思い出した。

●カット1254のあと 617p 〈クレジットタイトルは ブルーバックに 白文字で 上に流したい〉〈おわり〉
「ポニョ」で役職を明記せずに並列に並べたくらいなので、スタッフロールにこだわりがあるはず。
いくつかのジブリ映画では背景美術が提示されていたが。
音楽とのバランスも考慮したか。
本当に「おわり」って書かれていたっけ。

 ■資料編、他

●620p 〈絵コンテと本編の違い〉〈絵コンテでは眞人の母の名前が「陽子」、「ヒサコ」と表記が混在していますが、本編では「ヒサコ」に統一されました。〉
駿の実母の名前は宮崎美子。ヨシコ、ヨウコ、ヒサコ。うーん。

●月報 村上隆の寄稿 3p
〈ベックリンの「死の島」がノアの箱舟に乗っかっているのを見て、これは宮﨑監督が31年前、堀田善衛、司馬遼太郎との鼎談集『時代の風音』の表紙にしていたものだと気が付きました〉
〈『坂の上の雲』は日露戦争のバルチック艦隊の戦いに勝つまでが語られていましたが、「君たち」は、太平洋戦争突入前からの時代の潮流から、戦中、戦後、そして今現在までを児童文学風味でまとめた感じだと思いました〉
など、10のトピック。鋭い。単行本の表紙は知らなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?