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おまえの「印刷」をおしえてくれ - 藤原印刷の心刷立ち会い

本の出版日が近づいている。

9月16日。私の40歳の誕生日でもある。思い立ってプロジェクトを始動させたのは3月頃。執筆のスイッチが入ったのはまさかの6月上旬で、このタイミングでも「なんとかなるかな」と甘い見込みで考えていた。

間違いだった。無知の知にもならないような楽観的な向き合い方を反省することになるのは、パワー編集をやってくれている柳下さんの存在が大きい。進捗のゆるさを一切否定せず、最善の戦略を考えてベストに落とし込む。裏側でこんなにも大きな懐で抱きしめてくれる人がいるにも関わらず、いろんななにかに飲み込まれた自分を言い訳にしていたのかもしれない。

6月、7月、8月とじょじょにスイッチをONにして、少しずつ書き進めた。当初は8〜10万字ぐらいの読みやすくて薄めの本でいいかな?と思っていたが、7月中旬の「執筆集中期間」で一気にギアが入った。2ndなのか? 3rdなのか? もしかしたらルフィじゃないけれど、ニカ的なその上のもっと先に辿り着ける実感が生まれたのは大きな成功体験だったと思う。

それまで二ヶ月かけて5万字程度だったのが、過去文章のリライトを含めてたったの2日で4万字を仕上げることができた。やればできるやん、である。

その後も〆切の妖精である柳下さんは獅子奮迅の動きで応援してくれた。「絶対に書けます」「大丈夫です」「なんとかします」。一つひとつの言葉が作家という役割を肯定してくれる。パソコンのキーボードを静かに叩き続けて、4000字ほどを書き上げるたびに柳下さんとタバコを一緒に吸う。人生にも、本を書き上げるためにも、読点が必要なのだろう。雑談をしながら「次こんなこと書きたいんですよね」「いいですね、それ」と感情のキャッチボールが煙とともに舞い上がる。

おまえとおれがそこにもあった。

すべてを肯定してくれるデザイナーげんごくんの存在

『おまえの俺をおしえてくれ』

この本の無茶な進行とクリエイティブを支えてくれているのは、デザイナーの山口言悟さんだ。げんごくんと呼んでいる。Huuuuの日向くんがつないでくれて、長野県×信濃毎日新聞の移住フリーマガジン『長野に住みたいあなたの背中を押す本』でご一緒したことがあったものの、私自身が担当としてやりとりしたわけではなかった。一回、下北沢でぐちゃぐちゃ飲み会をした記憶は鮮明に残っている。テーブルに肘をつきながら、グヘヘヘと笑いながらいい感じの霧型の毒を噴射していた。めっちゃいいのだ。

柳下さんとげんごくんが仕事をするのは初めて。にも関わらず、二人の阿吽の呼吸ともいえるやりとりの美しさは、プロの仕事が詰まっているんじゃないかと毎回感動してしまう。「これをやりたいんですけど、どうでしょうか?」「いいですね、やりましょう」。ずっとこの調子だ。

異論を挟む余地もなく、編集者のアイデアをすべてデザインに落としてくれる。こんなにも心強い仲間がいるだなんて! 私の執筆モードはさらにギアをあげて、ぶっ壊れるぐらいまで走り抜けないと帳尻が合わなくなるな…と考えてしまう。

8月29日。発売日まで残り18日しかない。表紙の色校立ち会いの話がメッセンジャーで繰り広げられていたことを尻目に見ながら、私はジモコロの取材で郡上の激流の川と歴史と文化の渦に飲み込まれていた。3年に1回あるかどうかの人生の価値観を強制的に変えられてしまうやつだった。予兆もあった。

この取材はとんでもなくハードでタフで優しくも愛にあふれた人生体験になるであろう、と。実際にそうだった。5mの岩場から川に飛び込んで、金玉が軽く爆ぜた。夜の川に入って、鮎を特殊なモリで突いた。激流に逆らう沢登り2hで全身疲労と川の恵みに心がすべてもっていかれた。身体性と好奇心を全力で刺激されて、ヘロヘロの先にあるドロヘドロ状態といっていいだろう。

プアアアアアアアーン!

どれだけボロボロであろうとも、郡上から松本は帰り道の道標。寄ろうと思ったら寄れる流れだったので、二人に黙って長野県松本市にある盟友「藤原印刷」の心刷現場にサプライズ合流することにした。

夜0時に合流して、軽トラで松本に向かう。途中で霧ヶ峰の山に立ち寄って野宿する意味があったのかいまだに謎だけれど、そこにある景色を共有する美しい人間関係が生まれていたのは後々知った。

藤原印刷の奥義「心刷」はクリエイティブの殴り合い

風旅出版を立ち上げた。出版レーベルの気軽な立ち位置でスタートしたつもりだったが、すでに今年だけで3冊も刷っている。もはや出版社だ。

決め事はひとつだけ。同じ長野の盟友である「藤原印刷」に全部お願いすることだ。一度仕事をすればわかる。彼ら彼女たちの「めんどくさいことを全部肯定して、最善のアイデアを提案し、できないことを減らす姿勢」に。心を込めて刷る。どこかオートマチックで効率化の是だけが叫ばれる世の中で、ムダかもしれない時間を尊くも愛せる「心刷(しんさつ)」を掲げた美意識はめちゃめちゃに気持ちいい。

今回の本は、Huuuuが自費出版で4000部を刷る一世一代のギャンブルだ。即時的な効能なんてなにも書かれていない。自分の中から生まれた言葉だけを20万字、400Pに詰め込んでいる。出版の原点に立ち返るような本作りに結果なってしまった。私の人生をゴリラのウンコみたいにぶん投げた軌跡が詰まっているし、思想と編集の価値観が時限爆弾に埋め込まれていて、たまたま運悪く手にとって読んでしまった人に強い影響を与えるだろう。

だからこそ柳下さんも、げんごくんも、とんでもないスケジュールにも全力で伴走してくれているんだと思う。じゃないと意味がわからん。一緒にモノを作り上げる。本を刷り上げる。これまでウェブを主体にやってきたけれども、自分ごとすぎる自著を世の中に出版することの意義が数多の「おまえ」によって輪郭を持ち始めている。とんでもないことだ。思想に4本のタイヤを履かせて、四輪駆動の馬力で予想もし得ない場所まで走り始めているのかもしれない。

左からデザイナー、編集者、作家

人間ひとりでできることなんて限られている。オケラよりもちっぽけだ。今回の出版に至るまでの過程で私の人生があまりにも肯定されすぎている。誰かの力を借りなければ、1冊の本は出版できない。この真実を小脇にかかえて、私は出版後に生まれるであろう大きなムーブメントに期待を寄せるしかないタイミングを迎えている。この本はおもしろい。大手出版社から出せないことは間違いないし、デザインも構成も言葉も、すべてがオリジナルだ。

人生最後の1stアルバム。

おまえの俺をおしえてくれ。

おれとおまえもいいけれど、「みんな」のほうが大事だよね

『おまえの俺をおしえてくれ』決意の関連note







1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!