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類まれな教育を提供した「アナザージャパン」。実践的な環境はかつてのジモコロで見た景色だった

ひとひとりがどうやればおもしろく生きていけるのか。そこに年齢は関係なく、柔軟性と素直さの素地、そして”適応しやすい環境”があればいわゆる成長を望めるんじゃないかと考えることがよくある。

ちなみに一流大学から大手企業に入社した成長曲線とはイメージが全く異なる。あくまで人間の話だ。評価基準としての点数でも、受験競争の利口さでもない。

どの土地でも、どの組織でも、どの事業でも、「これはおもしろい!」と全身全霊を捧げる覚悟で挑める仕事があるのかどうか。また、その仕事の内容を自分ごと化して、あらゆる機会を経験値に振り分けられるかが重要だと常々考えている。

先日、東京駅前で実施されている中川政七商店プロデュースの店舗プロジェクト『アナザージャパン』に行ってきた。厳しい審査をくぐり抜けた学生たちが自ら産地を訪れて、たった一人で交渉して商品をセレクトする。それだけでとんでもない実践といえる。

企業や土地の文脈、プロダクトのこだわりや背景、そこに付随する肩越しに見える視点を咀嚼して、お客さんに気持ちよく説明して販売する。数字の振り返り、目標利益の達成、チーム内でのコミュニケーションなど、話を聞いてる限り「仕事のエッセンスがぜんぶ詰まっとる!」だった。

東京・常盤橋に開かれる新しい街。「TOKYO TORCH」。2027年度の全体完成に向けて、様々な取組が展開されている三菱地所の一大プロジェクトだ。

そのエリア内に、2022年8月、47都道府県の地域産品が集まるセレクトショップ「アナザー・ジャパン」の第1期店舗がオープンした。ショップの運営を手掛けるのは、日本の工芸を取り扱う中川政七商店。三菱地所との共同プロジェクトとしてスタートした。

ところが、本プロジェクトでは中川政七商店のメンバーが運営に携わるのではなく、プロジェクトに志願した学生が経営から店舗運営までを一気通貫で担っている。中川政七商店や三菱地所は、学生の伴走役として必要なサポートは行いつつ、学生による経営を見守る存在だ。

https://xtech.mec.co.jp/articles/8260

私が訪れたのはアナザージャパンの一期生(セトラー)の最終局面。「チュウゴク・シコク特集」でデザイン性に優れた食品、お酒、職人さんによる工芸品、陶器、生活雑貨など、全国行脚で見てきた流れを鑑みても「どれも魅力的に見えて財布の紐が緩むやつ」。気づけば5万円近い買い物をして、ここ数ヶ月の旅不足で生まれた欠乏感を一気に穴埋めすることができた。

爆買いのきっかけは商品のセレクトはもちろんだが、セトラーたちの「5.1chサラウンドシステムなのかな?」と勘違いするほどのセールストークに尽きる。右から左から。ときには斜め後ろから。激流のような商品エッセンスをぶん投げられ続けて、屈服したと言ってもいい。気持ちのいい接客を全身で受け止めた結果の爆買い。これはリアルな買い物の醍醐味だと思って過去に「ネオ浪費」と言っていた。なにがネオだ。ただの浪費だ。

いつもよりも気合の入っていたと後になって聞かされたが、自分の足で商品を見てきて、土地の個性を感じ取って、生産者への想いに報いるために生まれた”自分自身の言葉”は熱量が高くて当然だろう。

気持ちが大きく揺れて、アナザージャパンに心燃やす学生たちに少しだけ自分を重ねてしまったのは、ジモコロを通して全国のローカル取材にのめりこんだ経験があるからだと言い切れる。

見知らぬ土地の見知らぬ文化に触れて、できる限りのすべてを吸収したい。彼ら彼女たちの積み上げた人生にズカズカと踏み込んで、たった2時間程度の取材で何かを伝えきろうとするおこがましさ。偏りすぎず、囚われすぎず。あくまで己の編集視点を土台として記事を作り続けた行為は、凝り固まったアイデンティティをぐちゃぐちゃに分解してまた蘇生するようなプロセスだった。何度も何度もむけた感性が露わになって人を変えてしまう。

だからこそわかる。縁ある土地であろうが、なかろうが。生き様の背中をまざまざと見せつけられた以上は、こちらも違うやり方で、異なった土俵で応えていきたいと。過剰に責任感を負って、なにかの宿命すら感じ取ってしまうほどの大きな流れに乗ってしまう恐ろしさすらもいまでは振り返ることができる。

ジモコロで得た環境は、土地のパワーを活かしきるための自己決定と社会からのリアクションを生んだ。タイミングもよかった。飛び込んだ32歳の年齢は結果ちょうどよかった。身を粉にしてでも動き続ける多動な力をレンタルできたのは、私自身の能力を超越した”なにか”だった。



話を戻す。セトラーたちが積み込んだ熱量の再現性といえばいいのか。まったく同じプロセスを踏んだ人間は数多くいると思うし、いま東京の商業施設や駅ナカの施設には地方の良いもので溢れかえっている。パッケージのデザインレベルは上がり続けているし、クリエイターと協業した質実剛健のプロダクトも増えている。

では、いまあふれかえっているローカルセレクトショップに立っているスタッフが、取り扱っている商品の現場をすべて見ているのか。その熱量を共有しているのか。この差分はあまりにも大きいし、システム的に実装することはとても難しい。

無理やり例えるなら店舗で食べる人気店のスパイスカレーと、その店舗名を冠にしたレトルトカレーぐらい違う。現場あってこそのレトルトの再現性であり、その熱量は現場に宿ったものを何度も自家発電で沸騰させるような行為と言っていい。いつでもどこでも取り出せるのも大事だが、その場でしか感じられないものを堆積させることが感性のエサになるんじゃないか。

アナザージャパンには、自家発電させるような教育的な仕組みがある。メンター的に学生たちを採用時から見ている中川政七商店の安田さんの存在が大きい。買い物をした後、セトラーの二人に軽いインタビューみたいなものをさせてもらった。学生たちの視座と本気度は、適度な距離感で徹底的に”自分たちで考えさせる”ことを実践している安田さんのサポートがあった。

相当、特異なことをやっているのだろう。一期生の最終局面に至るまで、仮説検証のプロセスが想像できないほどあったはずだ。過去のことは想像でしか補えないが、「当事者意識を持った学生たちの姿勢は、日本をより良くする魂そのものだな…最高!」と思えた眼の前の現象は本物だ。



アナザージャパンと同じ環境を安田さんのエネルギーが尽きるまで何度も再現できたら、中央以外の日本がもっともっとおもしろくなるんじゃないかと思えた。中川政七商店や三菱地所、全国のローカルプレイヤーのバックアップのエネルギーも感じてはいるものの、とかく今回は安田さん(=ひとひとり)の教育環境がプロジェクトの大黒柱になっているように感じたのは大げさだろうか。いや、きっとそうだと思うし、たったひとりの人間力で小さな革命が起きているのを傍から見ていたいのが正直なところだ。

実は取材前からひとつのテーマを掲げていた。それは「大人たちが用意する下駄」の視点。新しい時代に大きなうねりをもって、人々を惑わせながら社会変容が強いられる。キーマンは若者である。広告業界はZ世代と名付けた。人口減少を辿る日本の若者は、過度な下駄を履かされているんじゃないか? その下駄は果たして必然性があるのだろうか? そんな問いを頭の片隅に置きながら、アナザージャパンのとある一日に数時間触れたのが今回の振り返りである。


この体験を通して「Huuuuでも新卒採用してみたいなぁ」と思ったので、近々そのエントリーとPodcastを公開予定。久しぶりにおもしろい現場の衝撃を受けることができたので、これは忘れる前に書き留めておきたかった。

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1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!