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おじさんに憧れてしまう

今日はワクチン接種に行った。接種場所は大手町にある自衛隊の大規模接種会場だ。

正午過ぎ、自宅の最寄り駅に近づくにつれ、人通りは増えていく。日差しはまさに春の陽気だったが、風は皮膚を叩くような強さで私の体を冷やしてきた。

駅前にはかなりくたびれた服を着て、片手にはストロング缶を装備したおじさんとおばさんの集団がいた。
ワンピースでいう、宴状態だ。彼らのメンタリティは最早海賊に近いのかもしれない。
ランチタイムだというのに小綺麗に整備された駅前の広場にたむろし、飲酒喫煙を行う彼らに、おおよその人は話しかけたくないはずだ。怪しさ満点の彼らの前を通行人は皆、足早に、一瞥もせず歩き去っていく。

私だって彼らと関わり合いたくない。しかし、強い興味も同時に覚えていた。
だってほぼ毎回、昼に駅前に行くといるんだもん。どうしてその独特なコミュニティが形成されたのか気になって仕方ない。彼らの歴史を紐解きたい。しかしあのコミュニティは強い引力があって、近づいたが最後だろう。だから絶対近づきたくない。

彼らの名誉のためにも書き記しておくが、犯罪を犯してはいない、と思う。(公共の場を半ば私物化して飲酒しているので濃い目のグレーだろうが)
交番も近くにあるが、お巡りさんも話しかけている様子は見るものの、別に彼らを取り締まっている様子ではない。

彼らはあまりにもフリーダムだ。あのフリーダムさは資本主義からも脱却していて、アレにしかない幸せがあるような気がしている。強い酒を飲んで仲間と語らう。人目もコロナも彼らには関係ないのである。ある意味一番人生を謳歌している状態とも言える。最早そのフリーダムさは、小心者のわたしからすれば憧れすらある。

私が学生時代のときは、彼らを軽蔑して蔑んでいたと思う。大金持ちになって豪邸に住むことが幸せで
あんなもんは不幸の象徴だ、くらいに思い込んでいた。

今ではすっかり変わった。様々な人に話を聞いて、本を読んで、理想に向かって上を目指す空虚さに気づいてしまった。それよりも、前を向いて道端に落ちている楽しいことを拾い上げて行くほうが自分にはあっている。
あのおじさんたちはその極致だ。目の前の楽しいに敏感に反応した結果が、公共の場で仲間たちと昼間から酒を飲むになっただけのことなのだろう。

何年続けているんだろう。楽しくて仕方ないんだろうな。電車に乗りながらおじさんたちに想いを馳せた。

大手町についた。ここはもうあのおじさんたちを認めないのかも。大きなビル群がハリボテに見えた。

改札を出ると、唐突に腹が鳴る。そういえば腹が空いていた。しかし予約時間から逆算すると、飯を食う時間はない。でも直接向かうと20分は早い。

せっかくだから散歩しながら飲食店をリサーチするか、と地上に出る。ビルの間を吹き抜ける風はとことん冷たかった。肩をすぼめて体を小さくして風から身を守る。これじゃああのおじさんたちは風邪引くな、といらぬ心配をする。

意外にもこのオフィス街には緑が多い。すぐそばに皇居があるからだろうか。歩道も広いし、散歩するには気持ちがいい。
上京したばかりの頃は、都心にはまったく緑がないものだと思っていた。でも実際には皇居があり、新宿御苑があり、臨海公園がある。自然があり放題だ。そりゃハクビシンだのなんだのが都心にも出没するわけで、実際見聞してみないことにはわからないことが多すぎるな、と思ったものだ。

散歩を終え、会場についた。気温のせいか汗はかいていないが、うっすらと疲労が溜まった。でも店は何も決まっていなかった。

大規模接種会場でのワクチン接種は全てが高度にシステム化されているから、何も戸惑うことがない。考える間もなく、どんどん次のフェーズに進んでいく。差し詰め、ベルトコンベアに乗せられた工業製品のようだ。
全てがつつがなく終わり、私は検品シールを貼られてめでたく出荷された。腹の音は止まらない初期不良を抱えていたが、接種してからぶらつくのも憚られるので帰路につくことにした。

大手町駅から会場の近くまでに地下通路が通っているのだが、非常に長い。正直長すぎると思う。接種後は激しい運動は控えなければならないが、長すぎるウォーキングは激しい運動に入るのでは?と思ってしまう。

地下通路はいくつかのビルと直結している。私が改札に向かって歩く途中にもビルへの入口があった。そのビルは建ってから日が浅いため入ったことがなかったのだが、あまりに腹が減りガス欠寸前だったのでフラリと入ってみた。

案内板を見る。前夜にラーメンを食べたので、麺類はハナから除外していた。しばらく眺めていると目にカレーの文字が飛び込んできた。
スパイシーな香りが脳に充満する。しかも案内板の写真からすると私の好きな、ルーが黒目のビーフカレーに見える。決まりだ。勇んでカレー屋に向かう。なんならスキップして向かいたいが、足を必死に抑えた。ワクチン接種してなかったら自制が効かなかっただろう。 

カレー屋は定休日だった。私の中のスパイシーが暴走しかけた。とぼとぼと案内板に戻っていると、ハンバーガー屋を見つけた。

気がつくと私は席に座っていた。どうやらもう注文したらしい。テーブルにはアイスコーヒーとブザーが置かれ、ブザーのやかましい音と振動は私を呼び起こした。
トレーに乗ったチーズバーガーとポテトを貪った。とても美味かった。なんならカレーじゃなくてハンバーガーが食べたかったのかもしれない。それくらい貪り食っていた。
しかし、初めて来た店だ。どこにトレーを返却すべきかわからない。だって無意識入店、無意識注文したのだから。スマホをいじりながら周囲の客を注意深く観察する。隣の席のカップルが席を立つ。しめしめとその様子を見届けた。

無事に店を出て、今度こそ帰路についた。
最寄り駅に到着する。驚くことにまだおじさんたちは宴を閉じていなかった。私は面を食らってしまった。
行きはあんなにおじさんたちに想いを馳せていたのに、帰りはすっかり頭から抜け落ちていた。なんなら行きの電車で帰る頃にはいないだろうと予想していた。

うーん、おじさんたちは幸せだと思い込もうとしていたのかも。この人たちやることが無いだけかもしれん。3〜5時間も外で酒飲むって、相当やることないからやってるよな。

おじさんたちへの考察を早々に打ち切って、私はコンビニでアイスを買って帰った。



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