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Amazonの競争力を因数分解してみる

厳密にはシリコンバレーの企業ではありませんが、Amazonの戦略については興味が尽きることがありません。Microsoft日本法人の社長を務められた成毛 眞さんの著書「amazon 世界最先端、最高の戦略」(ダイヤモンド社 2018年)を読む機会がありました。私が興味をもった部分を中心に、Amazonの競争力を考察してみたいと思います。

出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07FMSFT6R/

1. 「変わり続けること」が企業の宿命に

面白い視点が共有されていました。Amazonは1997年の上場以降、一度も配当を支払っていないというポイントです。

出典:「amazon 世界最先端、最高の戦略」(ダイヤモンド社 2018年)

うなぎ上り、Appleに次ぐ1兆ドル企業は間違いないと言われる企業評価とは裏腹に、直近では2012年と2014年に二度赤字を記録しています。キャッシュフローに現れるように、製造業と見紛うほどの設備投資を続けていることが見て取れます。稼いだそばからすべての利益を投資に向けるという意志ある経営戦略だ、というのが成毛氏の論調です。

これは、社会の企業評価の軸がシフトしていることを表す象徴的な事例だと思います。これまでの企業評価は、「どれくらい長くこの世界に存在しているか」「営業利益をどれくらいあげているか」という経営の安定性に軸足を置く形で行われてきました。特にアメリカ、ドイツ、日本などの成熟した株式市場においては、安定した低成長を堅実に続けることが好感されてきました。

ところが、デジタルという競争力が市場に浸透したことで、革新的な技術の汎用化が進み、新たな競合の参入障壁が下がる現象が多くの業種でみられています。イノベーションが短命化してきたということです。時代の不確実性やあいまいさを象徴するVUCAという言葉も出てきました。

出典:https://hbr.org/2014/01/what-vuca-really-means-for-you

だとすれば、いかにこれまでの競争力を保っていく必然性があるかという軸ではなく、この変化に対して耐性を持ちうるか、つまり変化対応力があるかという軸で企業評価が測られるようになることは必然です。Amazonが赤字企業にも関わらず、市場から大きな期待を集め続けるのは、変化をし続けることに対するコミットメントが好感されているためです。実利を考えても、年数%の配当金による堅実な利回りを期待するよりも、これを上回る事業と株価の伸長によるキャピタルゲインが期待できる筋が通っています。

なお、この点に関してはAmazonの特性というだけではなく、日本企業(をはじめとする成熟企業)に求められる構えの変化という文脈で語られるべきポイントだと思います。まさに一般的な企業評価の軸が遷移していることにほかならず、自社が「変わり続けること」を宿命として背負い、いかに経営レベルでこれにコミットできるかが新しい企業価値の測り方になってきているということです。これはまた別の機会に詳しく論じたいと思います。

2. 打ち出の小槌

Amazonがこの圧巻の資金繰りを実現するためのポイントについても考察がなされていました。

1点目はAWS(Amazon Web Service)の存在です。AWSはクラウドコンピューティングの草分け的サービスで、30%を超える圧倒的な世界的シェアを誇っています。出自がAmazon.comの空きサーバーを部分貸しすることから始まったこともあり、自社のマーケットプレイスに必要なコンピューティングリソースと高い親和性を持っています。成毛氏はこれを「打ち出の小槌」と呼び、従量課金制から得られる定常収入の存在が、他事業への設備投資の原資繰りに大きく貢献していると論じています。直近の収益は42億ドルにも上り、数あるAmazonの事業の中でも最大の利益幅を誇っているということです。

2点目は多角化事業を束ねるマーケットプレイスの存在です。200万社に上るサプライヤーが日々Amazonのプラットフォーム上で商取引を行っています。ここからがポイントなのですが、Amazonが彼らから上げる収益源は2通りあり、取引ごとの手数料と、さらに定期的に支払われる会費(上納金)であるとのこと。つまり、取引が行われる前から、Amazonは現金をアップフロントで確保する手段を持ち得ているということです。

小売企業にとって、仕入れて売る、結果として現金を受け取るまでのサイクル(キャッシュコンバージョンサイクル)の短期化は死活問題で、ほぼ事業のスケールに直結する課題です。ましてや、先述のように「変わり続けること」を宿命として背負ったアマゾンにとって、いかに先立って多くの現金を手元に持っておくかが企業評価の要点ということになります。

この点は多くの企業の多角化、新規事業の持ち方に参考になると感じています。あくまで本業のスケールを生業としながらも、「打ち出の小槌」、もしくは「キャッシュカウ」になり得る事業を本業の外で確保し続けるということ。これは、従来の本業の持続的成長のドライバー、または本業のリスクヘッジとしての非連続な新規事業の生み方のいずれとも異なる、ユニークな事業ポートフォリオの張り方だと思います。

私が所属する独SAPの新規事業の起こし方も非常にユニークなのですが、振り返ってみると、結果的に本業をスケールさせるための「キャッシュカウ」としての作用もあったことに気づかされます。

① 本業のオンプレミス事業とは異なり、キャッシュフロー重視のクラウドコンピューティング事業で定常的な収益源を確保していること

② 事業の多角化が目的ではなく、あくまで最終的には本業と新規事業のシナジーを追求していること

SAPの実例についてはここでは割愛しますが、ご興味あれば下記のリンクをたどってみてください。

External Link:
創業45年の老舗企業が挑戦するイノベーションの定着化(SAPジャパンブログ)
古くて重い「老舗」によるイノベーション(日経ビジネス)

3. プラットフォームのネットワーク外部性

最後に私が興味を持ったのは、巨大なマーケットプレイスの存在意義という視点です。Amazonはその商法から、「プラットフォーマー」の草分けとして語られることが多く、多くの事業者がこの戦略に追従する一種のブームを巻き起こしています。成毛氏はこの商取引プラットフォームがもたらすネットワーク効果、もしくはネットワーク外部性に言及しています。

ネットワーク外部性を一言で表すと、「ユーザーがユーザーを呼ぶ現象」のことです。プラットフォームそのものの機能や魅力もさることながら、一定のクリティカルマス(閾値)を超えてユーザーの母集団が広がっていくと、次第に先行ユーザーのクラスタとの共感性やそもそものマジョリティ感に惹かれて後続するユーザーが増えていきます。Amazonは先述の200万社、商取引年間20兆円というスケールを活かしながら、自身の成長に比例してユーザーと手元の現金を増やし続けられる境地に入ってしまったという解説がありました。

そして、これは往々にして先行者利益であるということ、つまりある商流に対してファーストアダプターが出てしまうと、以降のフォロワー(追従者)には一切の便益が届かないモデルであることに肝があります。私は個人的に、業界の覇者(日本企業)が立て続けにプラットフォームビジネスに舵切りを行う現象に注目しています。トヨタの「e-Palette」しかり、パナソニックの「Panasonic β」しかり、任天堂の「Switch+Tech」しかり、コマツの「LANDLOG」しかり。 日本企業が長く競争力の源泉としてきた、「いいモノ、いいサービスを作れば売れる」という価値観が、変動性の高い時代の局面によって崩れてきているということ。ある種、横綱が自社の製品が選ばれるべき道理を捨てつつ、この先行者利益を優先して黒子のプラットフォーマーに進出する動きは、この時代の流れと、一時の覇者の変化、変容に対する覚悟の象徴であると見ています。

Amazonはそのあまりにも多くベールに隠された多角的な事業構造から、解釈が分かれる点が多い企業です。私もごく一部の偏った視点しか持ち合わせていないところをおことわりした上で、特に日本の成熟した企業が自己変革を推進する動機や参考になりうるかな、と理解したポイントを取り上げてみました。異なる視点は大歓迎ですので、私の理解に議論の余地があるところ、間違っているところがあれば、ぜひご指摘ください。皆さんからの反応を楽しみにしています。

おことわり:本投稿はあくまで筆者の個人的見解に基づくものであり、筆者が所属する組織の一切の公式な見解を表すものではありません。

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