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春、コロナ、決意。(2)

前回の記事のつづき。

新たな人生の決断をするにあたって思ったこと(仮説)を3つ書く、という試みが最初の1つだけで終わってしまったので、この記事で残りの2つについて書こうと思います。

ちなみに3つの仮説について再掲するとこんな感じ。

1.「今やりたいことを全力でやる」は、どう転んでも将来のためになる。

2.経験値が少ないことは、必ずしも悪いことではない。

3.環境を変えなければ、基本的に人の行動は変わらない。

あ、ちなみに前回も書きましたがこの仮説はあくまで自分自身がこれからを歩んでいくにあたっての指針として置いているだけなので、あらゆる人、あらゆるパターンに当てはまる絶対普遍の法則だとは思ってません。悪しからず。

ということで2つめから。

2.経験値が少ないことは、必ずしも悪いことではない。

→経験値が少ない=進もうとしている領域へのスキルが浅い、と言い換えてもいいです。

新しいことを始めるのをあきらめてしまう最たる要因の一つがこれだと思います。「やってはみたいけど、今から始めるには遅すぎる……。」という感情ですね。自分は今までこの感情に縛られてなかなか思う道へ踏み出すことができないでいました。

でも、経験値が少ないことって必ずしも悪なんですかね?

ピッチングフォームでもピアノの弾き方でもなんでも、むしろ「変に経験値が多く、癖がついてしまっているもの」ってやり直しがなかなか効きませんよね。企業が新卒採用を重視するのも、やはり余計な文脈を吸い込んでいない新しいスポンジのほうが成長の伸びしろが大きいからで、そう考えると経験値がないっていうのは「柔軟に成長していける伸びしろ」ととらえることもできると思うんです。

その際に、「そもそもどんな舞台で勝負したいのか?」を考えるのも重要だと思います。ピアニストとして食べていきたい、といったときに、誰もが認める超有名ピアニストになりたいのか、ピアノだけである程度は食っていけるレベルになりたいのか、アーティストとしてライブ中心にやっていきたいのか、楽曲提供も含めて手広くやっていきたいのか、目指すべき目標も取るべき手段も全然違ってきますよね。

そして、あるスキルが大したことなくても、スキル同士の掛け合わせでいくらでも勝負のしようはある。「純粋なピアノの技巧」ではプロピアニストには到底かなわなくても、「ピアノ×歌×絵×文章×アイデア力×……」というふうに掛け合わせていけば十分自分なりの価値を作ることはできる。(ていうか下手を味に変えてしまっているケースもかなり多いと思います。神聖かまってちゃんのの子とか、モブサイコ100の作者のONEとか。そういう意味では、「あえて下手のままにしておく」という表現の仕方もあるのかもしれません。ただそういうケースの大半は「うまい人が、意図的に下手に見せている」だけだと思いますが。)

そういう道をフラットに考えることができるのは、ある種経験値が浅く「どの道に進むか」が俯瞰して見れている状態だからこそ、と言えると思うんですよね。

そこまで考えるとやはり、何かを決断するにあたって経験値やスキルの多寡は決定的な問題ではなく、むしろどこまでも、その裏にあるマインドとビジョンの問題だと思います。自分はなぜそれをやりたいと思い、どんな将来像を描いているのか。それを仮説でもいいから堂々と言えるようにすることが、経験値不足を嘆くよりよっぽど大事。

これが、今回自分が骨身にしみて納得した仮説の2つめです。

さて、それでは最後、3つめの仮説も紹介します。ここまで読んできて、「たらたらと理屈を垂れ流しやがって!駄文にはもうウンザリだ!おれはもっとエモいコンテンツがいい!」という方はMOROHAの「革命」でも聞きましょう。この長文よりよっぽど簡潔に、「頑張ろう」という気概が湧いてきます。音楽ってやっぱりすごいですね。

3.環境を変えなければ、基本的に人の行動は変わらない。

→「なにを当たり前のことを……。」と思うかもしれないですが、何か新しいことを始めるにあたって、これが一番大事な要素でありスタンスだと本気で思います。

基本的に人って、大人になればなるほど、日常に起こる変化を最小限にとどめようとしますよね。「早く結婚してえー。」みたいな欲求はその最たる例だと思いますし(「早く身を固めて社会的、恋愛感情的に変化が起こらないようにしたい」という欲求)、なにかを始めるときにも「まずは趣味から」とか「まずは一日30分から」みたいなリスクヘッジをすると思います。それはそれで生存戦略として賢いと思うし、そのバランスで満足できるなら何も悪いことはない。

けど、自分の行動や取り組む対象をドラスティックに変えようと思ったらそうはいかない。「変化を最小化しようとする自分と、今まで通りの環境」を打ち壊して、生活の中に新しい枠を無理やり作っていかなければならない。そして両者をバランスさせなければならない。

正直、自分にはその器用さがありませんでした。

これは自分が陥ってた状況なんですが、仕事をちゃんとこなしながらそのほかの領域でもちゃんとアウトプットを出す、というのは並大抵の労力ではなく、「そのほか」への思いが強くなればなるほど仕事への罪悪感やパフォーマンスの低下など悪循環のループに陥り、仕事も「そのほか」もモチベーションがうまく湧かない、という時期がありました。

ようは、下手に賢くバランスをとろうとすると自分を苦しめることもある、ということで。こればっかりは個人の性質によるものが大きい気もするし、それこそ「何を目指したいか」のマインドセットによると思うので一概には言えないことだらけなんですが、個人的にはものすごく痛感した学びでした。

以上が自分が新しい道を行くにあたって指針とした3つの仮説です。

あらためて言語化すると、暗黙知的になっていた部分が再認識されていいですね。

偉そうに語ってますけど、自分はそんなことを何年も心にくすぶらせながら、いい大人だというのにいろんな人に迷惑かけながら、やっと決断したんです。それもドラマみたいな起承転結の転!って感じではなく、アハ体験レベルでゆっくりゆっくりと。

今回もダラダラとした駄文になってしまいました。こんな駄文でも誰かに少しでも役立ったらうれしいな。

それでは。

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松田たかし

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94年生まれ、東京在住。noteでは文章書いたり、絵描いたり色々試してます。