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春、コロナ、決意。

3月末で、新卒で入社してから2年間勤めた決済系の会社を退職しました。

折しも時はコロナによる世界的混乱が広まっている中で、なんだか慌ただしく身支度を整えている間に、あれよあれよと最終出社。そして間髪入れずに外出自粛からの緊急事態宣言。有給消化期間中にこれを書いていますが、我ながらとんでもないタイミングで辞めたもんだなあと思います。

洒落にならないレベルで感染拡大するコロナと、春の穏やかな空気のギャップがなんだか非現実的な印象で、自分としては試練と祝福を同時に与えられたようで複雑な感覚です。

会社を辞めた理由は非常に単純で、「やりたいことに集中したくなったから」。

やりたいこととは、おおざっぱに言えば創作活動そのもの。具体的には

1.「音もの」:歌うこと、演奏すること、作曲すること。

2.「描きもの」:イラストやデザインなど。

3.「書きもの」:ブログ、ライティングなど。

の3つ。理想を言えば上記に紐づくあらゆる創作活動が興味の対象ですが、しばらくはここに焦点を当てていくつもりです。(このnoteではおもに2のイラストやデザインに関連する発信をしていく予定ですが、1の音楽についてもいずれは発信していけたらなあと思います。3はすでにnoteをやっているので一部クリアですね。)

ようは、もうすぐアラサーの冴えないメガネ男が「やりたいことやる!」つって会社を辞めた、という話ですね。現段階ではコンテンツ力0ですね。

この記事は自分なりの決意表明として書いているので、別に誰かにとって有益な情報を交えよう!メッセージを送ろう!みたいなガッツは盛り込まない予定だったんですが、辞めるに至るまでの過程でいろいろ考えた結果、「やりたいことをやる」ということに関して自分なりの仮説ができたので書いておきます。誰かの人生における何かしらの判断に、少しでも役に立てば嬉しいな。

その仮説とは、おおまかに下記の3つ。

1.「今やりたいことを全力でやる」は、どう転んでも将来のためになる(ただし守るべきものがないという条件付き)。

2.経験値が少ないことは、必ずしも悪いことではない。

3.環境を変えなければ、基本的に人の行動は変わらない。

それぞれ説明します。

1.「今やりたいことを全力でやる」は、どう転んでも将来のためになる。

→これは若ければ若いほど効いてくる理論だと思います。「全力で何かに取り組んだ体験」って、どの領域でも必ず後々の人生で活きてくると思ってます。学生時代に部活でも勉強でも趣味でも、なんでもいいから打ち込んでおくといいよってのも結局こういうことで、そのぶん自身がついたり、物事をやり遂げるためのバイタリティが醸成されていくのだと。

自分の場合はもうちょっと打算的で、将来なりたい姿から逆算して、「仕事と2足のわらじでコツコツやっていく」のと「今のうちにやりたいことにフルベットして地力を養う」のと考えた時に、後者のほうが良さそうだなと判断したんですが。

ここで言いたいのは、やりたいこと、なりたい姿が明確にあるのなら、それにむけて全力を注ぐことは必ずしもリスキーなことではない、という問題提起で。

これを考え始めると、「自分が幸福に暮らしていくために本当に必要なことってなんだろう?」みたいな問いに行きつくと思うんですよね。んで、それを突き詰めていると、案外「今の仕事じゃなくてもいいのかも」みたいな考えも生まれてくる。仕事辞めるうんぬん以前に、こういう新しい視野が見えてくるだけでも全然生き方の濃度が違ってくる気がするんですよね。

もちろん自己正当化って言われてしまえばそれまでなんですが、今まで思い込みによって自分を縛ってきたのかもしれない、その思い込みはこういう思考の転換によって変えられるのかもしれないと感じたいい経験だったので書き残しておきます。

この仮説については、これからの人生で定点観測的に検証していければと思っております。

長々と書いていたら、3つの仮説のうち1つしか書けませんでした。

残り2つについては続きの記事で書こうと思います。

それでは、みなさんくれぐれもお体と精神の健康にお気をつけください。


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松田たかし

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ありがたき幸せ。
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94年生まれ、東京在住。noteでは文章書いたり、絵描いたり色々試してます。