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悪魔たちを倒して世界は平和になったが…。短編小説『小悪魔との夕餉』

※有料記事ですが最後まで読めます。


 朝、ベッドから身を起こし、伸びをした。
 カーテンの隙間から差し込む朝日が、シーツにできた皺の陰影を濃くしている。妻が起きたときにつけた皺だろう。
 シーツに触れてみると、まだ彼女のぬくもりが残っていた。
 僕は何気なくその皺を伸ばした。
 掌にすーっと優しい触り心地を残しながら、シーツはきれいに整えられた。
 今日という日を始める土台が整ったような気分になった。
 よし。
 起きるかー。


 顔を洗い、妻が作った朝食を食べる。
 それらが終わると、剣術と魔法学を教えに兵士養成所へと向かう。

 当たり前の毎日。

 けれど、かけがえのない毎日。

 つい先日までは、悪魔たちが世界をおびやかしていたのが嘘のようだ。
 それもこれも、僕や妻、それにほかの仲間たちが、悪魔たちを統べる大悪魔を討伐したからだ。

       *

 仕事が終わって家に帰ると、妻と、それに作られたばかりの夕食が僕を出迎えてくれた。

「お帰りなさい」

「ただいま」

「仕事どうだった?」

「剣術は皆上達が早いんだけど、魔法学がどうにも進まないね」

「あたしも手伝おうか?」

「いいよ、君は平和な世の中で人妻するのが夢だったんだろ?」

「えへへ~、まあねぇ」

 妻がニコニコと笑う。
 あぁ、結婚してよかったなーと思った。
 なにせ仲間内で紅一点だった妻は、ほかの仲間たちからも熱い視線を送られていた。
 一時期は、妻を除いた仲間たちとの雰囲気が険悪になったほどだった。
 それに妻が気付いていたのかどうかは未だに分からない。
 ただ僕はそんな仲間達の動向を分かっていたので、大悪魔を倒してすぐに告白し、現在に至る。

「さあ食べて」

「いただきます」

 熱々の野菜スープからまずいただく…。

「あっつ!?」

 尋常ではない熱さに僕は目の前のスープをまじまじと見た。

「あっちゃー、手加減したつもりなんだけど」

 妻がペロッと舌を出す。
 彼女は僕と違って魔法だけを極めた魔法使い。
 煮炊きにも魔法を使うのだけれど、よく炎の匙加減を間違えてしまう。先日はあまりの高熱で鍋を溶かしてしまったほどである。
 妻は明るくて美しい、というよりは可愛い。
 僕には勿体無い。
 けど、魔法の匙加減だけはいかんともしがたい。
 よし、今日こそははっきりと文句を言おう。

「君はもう少し魔法を……」

「たーんと召し上がれっ」

 ニコッと妻が微笑んだ。

「……あ、あぁ」

 僕はその笑顔にやられた。
 とろけた。
 例によって、

 僕には勿体無い妻だ。

 そう思ったが最後、何もかもを呑み込まなくてはいけないのだ……。


 悪魔たちはたしかに世界からいなくなった。
 だが、僕は妻という小悪魔との戦いに悪戦苦闘している。
 今のところ、圧倒的に僕が負けている。

 スープは熱いまま飲むことにした。あっつ!


※あとがき
『熱い悪魔』というお題で書いた即興小説を加筆修正した作品です。

小悪魔な妻いいですねー。
僕には縁ないですけどねー(泣)

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