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星の彼

声をかけたのは私からだ。
彼が手にしていた写真
天の川だろうか
気づいたら声をかけていた。

「素敵な写真ですね。」

顔を上げたその人は
他にもありますよ、と
おもむろにカバンから写真を取り出す。

「星に興味がおありですか?」

「星は好きです。詳しくはないですが…写真やカメラにも興味があるんです。どんなレンズを使って撮影されるのですか?」

彼は持っていたカメラを見せてくれた。
ニコンの一眼レフだ。
素人目にも年季が入ったカメラであることがわかる。
K型カメラと呼ばれる撮影望遠鏡にそのカメラを内装して撮影したとのこと。

そしてそのK型カメラというものは日本に4台しか現存せず、
そのうちの1台を彼が所有しているということであった。

このK型カメラは元々戦時中に軍事目的で開発されたものであり、開発者である小林さんの頭文字をとって名付けられたようである。

彼の話はやや専門的であり、天体にもカメラにもそれほど詳しくない私には所々しかわからない内容もあったが、
相槌をうちながら聞いていると
どうやら彼はただの星好きではなく、学者か研究者だという察しがついた。

「天文屋、ですよ。親父もね。」

日本だけでなく、世界を含め、各地の天文台に勤務されていたとのこと。

そして、
「これ、何の写真かわかります?」
と、一枚の写真を取り出した。

星…銀河…?
一面に水滴のようなものが
水玉模様のように散らばっていた
星の一部…表面を拡大したもの?
月のクレーター?

「これはね、私の血液ですよ。
昔、敗血症にかかってね。
その時の血液を撮ったんです。」

「ひょえ~!!」


とは実際口にはしなかったものの、それに近い声を上げていた気がする。


彼は糖尿病を患っており、
自己血糖測定器を持っているので、指先からプチっと血液を採取したのだろう。

血液だと言われれば
ひょえ~な写真ではあったが、
そうとは知らずに見れば星をちりばめたような
銀河を思わせる幻想的な写真であった。

「彼の体は星でできている」

そう思うほど
熱く語る彼は輝いて見えた。



彼は長野県小川村の天文台にいる。
御年76歳だ。
彼は自身が勤める病院の外来患者でもある。
毎月の受診日の度にお会いできるわけではないが、
彼を見かけた際は声をかけている。
そして、彼はそのたびに星の写真をくださる。
丁寧に封筒に入れて用意してあるのだ。



いつか天文台を訪れてみたい。
さらに輝く彼に出会える、そんな気がしている。

写真は上から時計回りに
国際宇宙ステーションきぼうの飛跡
冬の天の川
アンドロメダ座・M31銀河系

今、私が見ている星の光は
どのくらい長い旅を経て届いた光なのだろう
星を見ることは
その長い旅路に思いを馳せることかもしれない。

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