足りないココロ。

何が人生だ。

そう思うことがよくある。ただ何も得ず、何も与えず、のうのうと過ごす日々。こんな自分クソ喰らえと卑下し続ける毎日。誰も自分を気にかけてくれやしない。ただ独りただ独り...

別に自分に友達がいない訳では無いのだろう。現にゲームをする仲間は居る。ただゲームでしか繋がれない脆い繋がり。電波でしか繋がれない虚しい関係。全てをオンラインに託して生きていかねばならないのか。

正直に全ての気持ちを吐き出して良いのならば、ものすごく寂しい。孤独感に苛まれることなんて多々ある。でも、その寂しさを消化するために「友達と思しき」奴らに温かさを請うのはとてもじゃないけど出来ない。彼らには僕との関係性以上の友達が僕以外にいる。僕より序列の高い奴らが沢山いる。そいつの一番の友達になろうとするからダメなのかもしれない。けれど、お前の一番にならないと寄り添ってくれないじゃないか。

お前だけじゃない。

そう、僕だけじゃない。孤独なのは僕だけじゃない。自分を悲劇のヒロインとでも勘違いしているかのようだ。だけど、満たされない思いを3年間も抱えて生きてきたんだ。高校3年間は正直大失敗だと自覚していたので、「仕方ない」と割り切っていた。大学に進学すれば変わると思っていた。

来たる大学生活は闇そのものだった。

ずっと足りないココロを満たすために試行錯誤の日々。しかし今の環境で出来ることなど限られている。高校3年間を棒に振った皺寄せがここに来てやってくる。他の奴らは高校生活で積み上げてきた人間関係というものがあり、それは今でも続いてるだろう。いつからか僕は置いてけぼりにされた。

それを気遣う奴など居るはずも無く、ただただ自分を責め続ける毎日。
先日某有名俳優が首吊りでこの世を去ったが彼の自殺は突発的だった、という話を聞いた。
勿論彼が自殺するまでにとんでもなく悩み苦しんでいたことは事実であろうが、僕もいつかふとした瞬間に自分の命に手をかけようとしてしまうのでは無いか、と怖くなった。
他人事には思えなかった。

人間というのは同じ「死」という到着点に向かって命を燃やすのに、その道のりの中で起こる出来事や過程というのは人それぞれだ。
同じ人間であるはずなのに、苦労の度合いが変わってくる。
平気な顔して苦労している奴はごまんと居るのだろうけど、そんな奴らを僕はとても羨ましく思う。

僕も平気に見られる余裕が欲しい。心の余裕が。

心の充実を手に入れたい。満たされない思いはいつまで空っぽのままだろうか。

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