『朝』太宰治 「隠れた名作だ」と、誇りを持って

このnoteは、まだ本を読んでいない人に対して、その本の内容をカッコよく語る設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。

『朝』太宰治

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【太宰治の作品を語る上でのポイント】

①「太宰」と呼ぶ

②自分のことを書いていると言う

③笑いのセンスを指摘する

の3点です。

①に関して、どの分野でも通の人は名称を省略して呼びます。文学でもしかり。「太宰」と呼び捨てで語ることで、文学青年感1割り増しです。

②に関しては、太宰治を好きな人が声を揃えて言う感想です。「俺は太宰治の生まれ変わりだ」とまで言っても良いです。

③に関しては、芸人で文筆家の又吉直樹さんが語る太宰治の像です。確かに太宰治の短編を読むとユーモアがあって素直に笑えます。


○以下会話

■太宰の隠れた名作

 「緊張感を味わえる小説か。そうだな、そしたら太宰治の『朝』がオススメかな。『朝』は、太宰治が晩年に書いた短編小説なんだ。あまり有名ではないんだけど、心理描写が上手で、太宰の小説家としての実力を改めて認識できる良作なんだよ。

『朝』は、太宰治本人らしき主人公が、一つの部屋で女性と朝を迎える話なんだ。妻を持つ主人公と独身の女性が、二人で一つの部屋にいる時の緊迫感を、上手に描写しているんだよ。

 私は遊ぶ事が何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、友あり遠方より来るのをいつもひそかに心待ちにしている状態で、玄関が、がらっとあくと眉をひそめ、口をゆがめて、けれども実は胸をおどらせ、書きかけの原稿用紙をさっそく取りかたづけて、その客を迎える。

という書き出しでこの小説ははじまるんだ。小説を書くことが生業の主人公は、どうも家では仕事に集中できず、いつも友達が訪ねてくるのを心待ちにしている節があったんだ。だけどそれではいつまで経っても原稿が進まないから、家とは別に仕事部屋を借りることにしたんだよ。仕事に専念するために借りる部屋だから、友達にも家族にもその場所は秘密にしたんだ。

でも実はその仕事部屋は、女の人の部屋なんだ。その女の人は日本橋の銀行で働いていて、昼間彼女が仕事に行って家を留守にしている間だけ、主人公がそこで原稿を書いていたんだよ。不思議な借り方だよね。

その女の人はキクちゃんといって、愛人でも何でもなく、元々キクちゃんのお母さんと主人公は親交があったんだ。東北に住むそのお母さんに勧められてそこを仕事部屋にしたんだ。

キクちゃんのお母さんからは、キクちゃんの婚約相手の相談を受けるくらいに信頼されていて、キクちゃん自身からも恋愛相談を受けていたくらいなんだ。だからキクちゃんにとって主人公は、友人のような、頼れるおじさんのような、そんな関係性だったんだ。

■夜中眼が覚めたら

そんなある夜、主人公はいつものように出版社の人や友人と遅くまで飲んでベロベロになって、意識も朦朧としながら帰って、こたつに足を突っ込んでコートを着たまま寝てしまったんだ。

夜中にふと眼が覚めて、一瞬どこにいるのか分からなくて、足を少し動かして足袋を履いたままなのに気がついて、その瞬間「しまった!いけねえ!」ってハッとしたんだ。

すると「お寒くありませんか?」って暗闇の中で女の子の声がしたんだ。主人公はキクちゃんの家で寝てしまっていたんだよ。キクちゃんは主人公と直角に、こたつに足を突っ込んで寝ていたんだ。

主人公は平気なふりして「いや、寒くない。小便してもいいかね。」と言って取り敢えず立ち上がるんだ。そして電気のスイッチを押すんだけど、つかなかったんだよ。すると「停電ですの」ってキクちゃんが小声で言うんだ。

用を足し終わると、「お酒をお飲みになるんだったら、ありますわ。」とキクちゃんが言うんだよね。主人公は飲みたいけれど、飲んだら危ないと思って、「暗いとダメだ。蝋燭はないかね。蝋燭をつけてくれたら、飲んでもいい。」と言うんだ。

この小説の主人公はおそらく太宰本人で、太宰は妻子を持ちながらも女性関係の問題が多々あったんだ。だから「また同じ過ちを犯してしまう」という危機感から明かりが欲しかったんだよ。明かりがあれば自制心が保たれて、「危ないこと」は起こらないと思ったんだね。

キクちゃんは蝋燭に火をつけて、本棚の上に置いてくれたんだ。主人公は火を見るとほっとして、もうこれで今夜は何事もしでかさずに住むと思ったんだ。

主人公は、大きいコップになみなみと注がれたお酒を、一気に飲みほして、また仰向けに寝たんだ。「さあ、もう一眠りだ。キクちゃんも、おやすみ。」とキクちゃんを見ると、キクちゃんも仰向けに寝てるんだけど、まつ毛の長い大きい眼をパチパチさせて眠りそうにもないんだよ。

主人公は黙って本棚の上の蝋燭を見ると、その蝋燭がずいぶん短いことに気がついたんだ。「もっと長いのはないのかね」と聞くと、「それだけですの」とだけ言われ、また沈黙が訪れるんだ。

主人公は、生き物のように伸びたり縮んだりして動いている炎を見て焦るんだ。蝋燭が尽きないうちに眠るか、酔いが覚めるかしないといけないと思うんだけど、ちっとも眠くならず、酔いも覚めず、ただチロチロと蝋燭が短くなっていくんだよ。

思わずため息を漏らすと、キクちゃんが「足袋をおぬぎになったら?その方が温かいわよ」と言ってきて、主人公は言われるままに足袋を脱ぐんだ。

「これはもういけない。蝋燭が消えたら、それまでだ。」と主人公は覚悟をして蝋燭を見つめたんだ。すると、

焔は暗くなり、それから身悶みもだえするように左右にうごいて、一瞬大きく、あかるくなり、それから、じじと音を立てて、みるみる小さくいじけて行って、消えた。

そして、それと同時に、段々と夜が明けてきたんだ。部屋は薄明るくなって、もはや暗闇ではなくなっていたんだ。主人公はふっと起きて、帰る身支度をした。

これで、終わり。

■おっさんだから書ける緊迫感

主人公とキクちゃんの間の緊迫感、すごいよね。主人公の緊張した心情が蝋燭の炎で見事に表現されていて、何度も読み返したくなる。

太宰は晩年にこの小説を書いているんだ。太宰自身、色んな経験を重ねてきたおっさんになっていたから、この世界観を描けたんだなって思うよね。プレイボーイの太宰は、きっと若い頃なら『朝』で描いてる葛藤とか罪悪感とか感じず、サラッとキクちゃんと関係を持っていたと思うんだ。だけど、さすがにおっさんになって、妻子もいて、キクちゃんのお母さんとも親交があって、色んな経験をしてきたから、自制心を最後まで持てたんだ。だから『朝』の緊張感を描けたんだ。まあ実際は、この時も他に愛人がいるんだけどね。

■「1/fゆらぎ」と太宰

この小説の評価すべきポイントはやっぱり「蝋燭の炎」の存在だと思うんだ。主人公はキクちゃんと二人っきりでは危ないことが起きてしまうから、安心感を得るために「蝋燭の炎」を欲しがったよね。

実は蝋燭の炎の動きとか、小川のせせらぎには、「1/fゆらぎ」と呼ばれるものが発生しているんだよ。人間の細胞の生命活動が、1/fゆらぎという間隔で行われているらしく、それと同じリズムを持つモノを見たり聞いたりすると、リラクゼーションの効果があると言われているんだ。

例えば電車でつい寝てしまうのも、電車の揺れに1/fゆらぎがあるかららしいんだ。ノルウェーのテレビでただ「焚き火の映像」を流した人気番組があって、それも焚き火の1/fゆらぎが視聴者にリラックス効果を与えているからなんだ。

だから『朝』で主人公が蝋燭の炎をじっと見つめて平静を保とうとしたのも、この1/fゆらぎの効果を得ようとしていたんだよ。

今は科学の発展で「1/fゆらぎ」という概念が発見されているけど、太宰が『朝』を書いた当時、「炎にリラックス効果がる」とは科学的に証明されていないんだ。だけど太宰の本能として、「炎を見てると安心する」という感覚があって、蝋燭の炎を登場させたんだ。目のつけどころと心理的な感覚がめちゃくちゃ優れているよね。

■『富嶽三十六景』と『朝』

実はこの小説には「朝」という単語は一度も出てこないんだ。朝を感じさせる描写も最後の

しらじらと夜が明けていたのである。部屋は薄明るく、もはや、くらやみではなかったのである。

という部分だけなんだ。本文全体は、朝というよりむしろ夜の描写がほとんどなんだ。だから「夜」ってタイトルでも良さげだよね。だけど、タイトルを『朝』って付けたのは、太宰のオシャレな所だなって思うんだ。

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葛飾北斎の『富嶽三十六景』ってあるでしょ。「神奈川沖浪裏」が一番有名で、世界的に人気があるよね。あの絵って大胆な構図とか、色彩とか、波の動きとかが評価されているけど、一番すごいのは富士山を小さく描いている所だと思うんだ。

普通「富士山を描こう」って思ったら、画用紙のど真ん中にドカンと富士山を描くよね。だけど北斎は、「富士山は美しい。だから小さく描いてもその美しさは伝わる」っていう価値観で、あえて富士山を小さく描いているんだ。そうすることで、富士山の美しさがさらに際立つんだ。ダイヤは小さくても存在感があって美しいのと同じだね。

太宰は、この「主張したいモノをあえて小さく描くことで、逆に印象的にさせる」戦法を、『朝』で使っているんだよ。「朝」という単語を使わず、朝の描写を少しだけすることで、逆に朝を印象的なものにしているんだ。だから読者は、夜中のシーンがほとんどを占めているはずのこの小説から、明るい晴れやかな印象を受け取ることができるんだよ。

こんな感じで『朝』は、あまり知られてない割には面白い小説だから、暇な時に是非読んでみるといいよ。」


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