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『キッチン』吉本ばなな 「オロナインみたいな小説だ」と、愛情込めて

このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。

『キッチン』吉本ばなな

○以下会話

■澄んだ世界観が魅力

 「世界観が美しい小説か。そうだな、そしたら吉本ばななの『キッチン』がオススメかな。吉本ばななは、すごい綺麗な文章を書く小説家なんだ。『キッチン』は24歳の頃に書いた小説で、父親が吉本隆明という著名な批評家だったこともあって、社会現象になるほどヒットしたんだ。たくさんの言語に翻訳されていて、本当にファンが多い作品なんだよ。

『キッチン』は、光に包まれるような、優しくてそして少し悲しい世界観が描かれている作品なんだ。あらすじを一言でいうと、身寄りのない一人の少女が懸命に生きていく話なんだ。あらすじだけで判断すると「そんなものか」って思ってしまう簡単なものなんだよ。でも吉本ばななの小説の魅力は、軽やかな文体と澄んだ世界観なんだ。簡単なあらすじだからこそ、吉本ばななによって描かれる美しい世界をすんなり受け入れることができるんだよね。まるでフェルメールの絵画のように光溢れた作品なんだ。

僕が高校生の頃に『キッチン』を初めて読んだ時、ジブリの『借りぐらしのアリエッティ』とすごいリンクしたんだよね。アリエッティ観たことある?健気で真っ直ぐな主人公のアリエッティと、優しくてどこか冷たさがある翔が、それぞれ『キッチン』に登場するみかげと雄一にものすごい似てるんだ。

みかげは台所が好きで小説の冒頭で台所への愛を語るんだけど、『借りぐらしのアリエッティ』でも台所のミニチュアが重要な役割を果たすし。もしかしたらジブリは『キッチン』を少し参考にしたんじゃないかな。

■みかげと雄一とえり子

『キッチン』は、両親を早くに亡くした主人公のみかげが、唯一の肉親の祖母を亡くしたところから始まるんだ。葬式が済んで孤独な悲しみに包まれて、ぼうっとしていたところに、田辺雄一という大学の同級生が訪ねてくるんだよ。雄一は「しばらくうちに来ませんか。」と、みかげに居候を進めるんだ。雄一は元々、みかげの祖母が通っていた花屋でバイトをしていて、生前に祖母と仲良くしていて、葬式にも来て色々と手伝ってくれていたんだ。

そしてみかげは、白い光が一本差すような、雄一の「クール」な態度を信じることができたため、この誘いを受け入れて、雄一と、雄一の母親と3人で暮らすことにするんだ。

その夜、みかげが初めて田辺家にいくと、「いらっしゃい」と迎えてくれた雄一が、「母親は今、店をちょっと抜けてくるそうだから、よかったら家の中でも見てて。案内しようか?どこで判断するタイプ?」とお茶を淹れながら言うんだ。みかげが「何を?」と聞くと、「家と住人の好みを。トイレ見るとわかるとか、よく言うでしょ。」と笑いながら言うから、みかげは「台所。」と答えたんだ。

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。

『キッチン』の冒頭はこんな文章から始まるんだ。みかげは台所が大好きで、清潔でも、ものすごく汚くても、そこが食事を作る場所であれば心が落ち着いたんだ。祖母を亡くした時も、台所にふとんを敷いて、安らかに長い夜を過ごして、冷蔵庫のぶーんという音で孤独をかき消していたんだ。「私と台所が残る。自分しかいないと思っているよりは、ほんの少しましな思想だと思う。いつか死ぬ時が来たら、台所で息絶えたい。」と思うほどだったんだ。

田辺家の台所は、板張りの床に感じのいいマットが敷かれていて、必要最小限のよく使い込まれた台所用品がきちんと並んでいて、よく見るとバラバラでも妙に品のいい食器類があって、みかげは、ひと目で愛して、うんうんうなずきながら見てまわったんだ。

ソファに戻って座っていると、ガチャっとドアが開いて、一度見たら目が離せないような美貌と魅力のある女性が入ってきたんだ。「雄一の母です。えり子と申します。」と言って「今お店が忙しくて、また朝ね」と嵐のように去っていったんだ。

みかげがあっけに取られていると、雄一は「うちの母親にビビった?」と笑って「あの人、男なんだよ。」と言うんだ。雄一の本当の母親も早死にしていて、「もう誰も好きになりそうにないから」という理由で父親が女になって店を切り盛りしているそうなんだ。

このみかげと雄一とえり子の3人が、家族のような、恋人のような、今ある言葉では当てはまらない、親密な関係で、寄り添いながら生きていくんだ。そんなお話。

■等身大の言葉

僕が『キッチン』で心を掴まれた一節が、祖母を亡くした時のみかげの言葉なんだ。その言葉の少し前から引用すると、

私、桜井みかげの両親は、そろって若死にしている。そこで祖父母が私を育ててくれた。中学生へ上がる頃、祖父が死んだ。そして祖母と二人でずっとやってきたのだ。

先日、なんと祖母が死んでしまった。びっくりした。

親のようにしたって一緒に過ごしてきた祖母の死を「びっくりした。」の一言で済ます。すごい。小学生が書いた作文でも、もっと凝った表現を使いそうだよね。でも一瞬軽薄に思えるその等身大の言葉が、スッと体に入ってくるんだ。「びっくりした。」の一言が、みかげの正直な気持ちを最も的確に表しているんだよね。僕も同じ立場になったら、きっと悲しみよりも驚きの方を強く感じると思う。そして物語の終盤でみかげは祖母を亡くしたことを実感してきて、涙が溢れてしまうんだけど、そこもみかげの素直な人柄を表しているんだ。

こういった、吉本ばななが書く心の中をそのまま表現したシンプルな言葉が、読み手の心を打つんだよ。

■何も言わずに背中を撫でてくれる小説

人の慰め方って人によって色んなタイプがあるよね。「飲みに行こうぜ」って言って豪快に笑い飛ばしてくれるタイプとか、あえてほっておくタイプとか、何も言わず優しく背中を撫でてくれるタイプとか。『キッチン』は最後の「何も言わず優しく背中を撫でてくれるタイプ」の小説なんだ。エネルギッシュな自己啓発本のように、直接的なワードで語りかけてはこないけど、一緒に植物を鑑賞したり、カツ丼を作ってくれたりして「私はあなたの味方だよ」って寄り添ってくれる。そんな小説なんだ。

■オロナインのような小説

僕は遠方に住んでいた祖父母を亡くしているけど、まだ母方の祖父母は生きてるし、両親は健在だし、姉も元気。幸運にも特段仲の良い友人を亡くした経験もない。でもいつかはそういった経験も必ずするよね。実際に経験してみないと何とも言えないんだけど、「『キッチン』が本棚にある」ということは僅かばかり心の支えになると思うんだ。

「みかげ」と「雄一」は、肉親を亡くして傷つきながらも、毎日を自分なりに一生懸命生きていくんだ。そして懸命に生きることで人生が肯定されていくんだよ。『魔女の宅急便』のキャッチコピーの「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」のようなそんな優しい世界。この二人の「前例」があるから、僕が同じような経験をしたら、『キッチン』を思い出して、同じように毎日を自分なりに一生懸命に生きていきたいなって思うんだ。

転んで擦りむいても薬箱にはマキロンがあるという安心感。オロナインでも絆創膏でもアロエでも良いんだけど、『キッチン』はそんな薬箱に入ってる傷薬のような安心感を与えてくれる小説なんだ。

きっと一度読み始めたら、文体に惚れ込んで一気に読んじゃうと思う。家の本棚に置いておきたくなるような小説だよ。是非読んでみて。」




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