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ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」29


トレーニング後の藤の手料理によって食の充足感を得た尚太郎は、モチベーションを維持したまま減量を続けた。
そして大会前日、とうとう体脂肪5%に到達した。

「ラインが出たな。87.5kg、筋肉量(FFMI)24.8ってとこか……大胸筋のペック(窪み)も出てるし、前鋸筋のカットも悪くない」

藤の言葉に、尚太郎はしょんぼりと返す。

「筋肉量は1も下がっちゃいましたけどね……」

「落ち込むな。言っただろ、減量すれば筋肉量はどうしても落ちるんだって。トレ歴長い俺だってFFMI 0.3も落ちたんだから、初心者のおまえが落ちるのは仕方ねぇの。……というか、この身体で筋トレ歴1年ちょいなんて、そもそも反則なんだからな。ったく、なんだよこの成長の早さ。つくづくポテンシャル差を感じて嫌んなるぜ。……いや、育てたのは俺だけどさ。もちろん俺の素晴らしい指導のおかげなんだけどさ……」

「ふ、藤さん、どうしたんですか? なんか目が据わって……」

「……なんでもねぇ」ふてくされたように口を尖らせてから、「……ごめんな」泣きそうな顔でつぶやく。

「な、なんでいきなり謝るんですか?」

「……別に」

明らかに情緒不安定だ。
思えば、馬肉と鹿肉で激昂したあたりから藤の様子はおかしかった(尚太郎はあの一件を『馬鹿の乱』と呼んでいる)。いつも変わった言動をしている藤だが、やつれた顔から察するに、この情緒不安定さは性格のせいではなく減量のせいかもしれない。

(藤さんは僕より過酷な減量をしてるからな……)

藤が作る夕食は、藤と尚太郎とで量が違っていたが、今週は内容も違った。尚太郎はこれまでどおり炭水化物を抑えたメニューだが、藤は炭水化物がゼロに近いメニューだった。
どうしてかと訊ねると、「カーボディプリートしてるから」という答えが返ってきた。炭水化物を3日間抜いて身体を枯渇させるのだという。それがいかに過酷かは考えるまでもない。

「藤さん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫ではねぇけど、大会前日なんてこんなもんだ。……あーでも、久々の水抜きはやっぱきついわ」

「水抜き!? な、なんでそんなこと……」

「水の摂取を極力控えることでむくみを取って皮下の水分を抜くんだ。そうするとディフィニション(輪郭の明瞭さ)が上がって、ストリエーション(筋肉の細かいスジ)も出る」

「そうなんですか。じゃあ僕も水抜きします」

「おまえはいい。初めての絞りで水抜きまでやったら下手すると命に関わる」

「わ、わかりました。……それにしても、ボディメイクで不健康になるって、つくづく本末転倒ですよね」

「世の中ってのは不条理なものさ。何かを得ようとすれば、何かを犠牲にしねぇといけねぇ」

左右対称の顔をニヒルに歪めた藤は、「んじゃ今からこれ塗るぞ」と尚太郎に黒いボトルを突き出した。

「え、なんですか、これ?」

「Kフィットネスブランドのタンニングローションだ。初心者でもムラなく濡れて、一度塗りでしっかり色づく優れもの」

「なんでそれを塗るんです?」

「肌が白いとステージのライトで筋肉の影が飛んじまうから、黒くして見栄えを良くするんだ。タンニングマシンだと肌へのダメージが大きいから、これでカラーリングする。さぁ来い」

ぐいぐい手を引かれてバスルームに連れて行かれた尚太郎は、Tシャツと短パンとパンツを一瞬で剥ぎ取られた。

「ちょ、藤さ……」

羞恥に染まった肌を、同じく裸になった藤がさわさわと触ってくる。

「まず身体を洗うからじっとしてろよ」

「いや、自分で……」

「遠慮するな、苦しゅうない。ふふ、ツルツルだ」

藤にムダ毛を剃れと言われた尚太郎は、昨夜、腕毛もすね毛も胸毛もへそ毛も陰毛も、見えるところはすべて剃った。背中は自分じゃ剃れないので、父に頼んで剃ってもらった。

「筋肉の陰影がわかりやすくなったな。泡もよく延びる」

腕、肩、胸、腹……と丹念に洗われていく。
男同士なので裸をさらしても恥ずかしくない、恥ずかしくない、と自分に言い聞かせるも、さすがに下半身に及ぶと黙ってられなくて、尚太郎は気になっていたことを口にした。

「ふ、藤さんは、いつもツルツルですけど、こまめに剃ってるんですか?」

「いや、全身脱毛してる。隠毛は自分で整えてる。……って、おまえ、隠毛剃りすぎ」

「え、だって、ビルパンからはみ出さないようにしろって……」

「いや、そう言ったけどさ、これじゃバイパンじゃねぇか。たしかにパンツから毛がはみ出す心配はないが……いや、これはそれ以前の問題か」

「ひぇっ、」


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