ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」26
3時の休憩でプロテインを飲み、退社前にもプロテインを飲んで、血液中のアミノ酸濃度を満たした状態で藤のマンションに向かい、トレーニングを行う。
それを繰り返してあっというまに2ヶ月が過ぎた。
藤は、体脂肪率8%になった尚太郎の身体をチェックして、うん、とうなずく。
「細かい弱点部位は多々あるが、土台は固まったな。セパレーション(筋肉と筋肉の境目)もだいぶはっきりしたし。あとは腹回りをもうちょっと……ん、どうした、尚太郎?」
藤に顔をのぞかれた尚太郎はしょんぼりとつぶやいた。
「僕、こんなに細かったんですね……」
「は? 嫌味か?」
「ち、違います! そうじゃなくて……脂肪がなくなったら、思ってたより背中の厚みがなかったし、腕も細いし、胸も……」
「……まぁ、絞ってみると、自分の足りないところが見えてくるよな」
藤はふうと息を吐いて、尚太郎の肩に触れた。
「減量すれば脂肪だけじゃなく筋量も減る。それは避けられないことだが、それでもできるかぎり筋量を維持したまま脂肪を落とせるよう指導してきたつもりだ。実際、おまえの筋肉量(FFMI)はまだ25.16もある。おまえが悲観するほどコンディションは悪くねぇよ。ほら、顔上げな」
励ましながらも、藤は心配げに瞳を揺らした。
(顔色が少し悪い……当然だよな)
尚太郎は、トレーニングを始めてから1年で50kg落とした。そのペースを維持したまま、KBCの出場を決めてからこの2ヶ月で、また7.5kg落とした。
(1年2ヶ月で57.5kg減なんて、無茶苦茶だ)
この結果が得られたのは何より尚太郎の努力と身体的才能のおかげだが、藤の指導の成果でもある。
藤は、自身の減量経験と知識を活かして、尚太郎の健康を損ねないよう気を付けてメニューを組んでいた。それでも、これだけ大幅に痩せれば当然、身体に負担がかかる。
尚太郎が先日会社で受けた健康診断の結果は正常だったが、彼の身体の丈夫さにあぐらをかいて今以上の無理をさせれば、確実に破調をきたす。コップの水のように、ギリギリまでは大丈夫でも、一点を超えたら一気に症状が表れるだろう。
(本当は、もっとゆるやかな減量をさせるつもりだったのに……)
どんどん脂肪が落ちて筋肉がついていく尚太郎の変化につい夢中になって、セーブをかけずに減量させてしまった。
そして今、さらに減量させている。
KBCに出たいと言われて、欲が騒いだ。
ステージに立つこいつを早く見たい。
憧れのあのひとに、自分が育てたこいつを見て欲しい――
(馬鹿だな俺。……焦ったら、何もかも台無しになるって知ってるくせに)
「……藤さん、」
尚太郎がまっすぐな眼差しを藤に向けた。
「俺、勝てますか?」
藤は押し黙った。
筋量は及第点に達しているが、勝つのは難しいだろう。絞りもまだ甘い。
絞りは重要だ。筋量があっても絞りがいまいちなら勝てない。
藤の持論からすれば、絞りきっていない身体でステージに立つなんて論外だ。
だが、初めて大会に出る尚太郎にそこまで求めるのは酷だとも思う。
(ステージに立てるレベルにはぎりぎり至ってるんだから、まぁいいだろう。今回は、実績を得ることよりも経験を積むことに重きを置こう)
「……今回は初めての大会だし、勝ちにこだわらなくてもいいだろ」
「僕、勝ちたいんです」
「おまえ、そんな熱血キャラじゃねぇだろ」
「やるからには全力で挑みたいんです」
尚太郎は大胸筋の前でぐっと拳を握った。
指導してくれる藤のために。
なにより自分のために。
「少しでも勝ちに近づく方法があるのなら教えてください!」
藤は少し押し黙ってから、しぶしぶ口を開いた。
「……なら1日の摂取カロリーをあと900kcal落とす。タンパク質はこれまでの量を維持したまま、糖質だけ900kcal下げる。ただしリフィードで」
「リフィード?」
「炭水化物を低いままにすると身体はそれに適応して代謝を落としちまうから、時々ちょっと炭水化物を多めに入れて、『あ、栄養きた。なーんだ、もとの代謝のまんまで大丈夫じゃん』って体を騙す技だ」
ふむふむとうなずく尚太郎を見て、藤は複雑な顔になる。
カロリーと炭水化物を減らしすぎると、コルチゾールの分泌量が高まり、筋肉が分解されてしまう(それでもステロイドユーザーなら筋量はほとんど落ちない)。その減少幅をどれだけ少なくできるかが重要なのだ。
「おまえは4日間サイクルでいこう。1日目から3日目は糖質を1200kcal下げて、4日目は元に戻す。平均すれば毎日900kcal減ってることになる。
ただし4日目の炭水化物を元に戻すタイミングは、トレーニングの前後にしろ。前に入れることで筋肉のエネルギー源である筋グリコーゲンレベルが回復して、トレーニングの質を向上させられる。そしてトレーニング後の炭水化物は、なくなった筋グリコーゲンの補充に優先的に使われる」
「わかりました」
「そしてカーディオ(有酸素運動)も追加する。朝起きてすぐ、45秒全力疾走を2分のインターバルを挟んで6セットやるんだ。そうすると、分泌された乳酸がミオスタチン(筋肉の成長を阻害するホルモン)を減少させる。もちろん脂肪燃焼効果もある。
カロリー制限とカーディオの追加で、3週間で5kgは落ちるだろう。そしたら体脂肪は5%近くになる。そこまで絞れば、勝率は上がる」
話しながら、藤は胸の内で苦さを噛む。
本当はやらせたくない。
だけど、やる気をみなぎらせている尚太郎を応援したい気持ちもある。
(こいつの成長を止めたくない。……でも、この決断が、成長を止めてしまうかもしれない……)
「俺、頑張ります!」
尚太郎の意気込みに、藤はぐっと目をつぶり、気持ちを切り替えて声を張った。
「じゃあトレーニング始めるぞ!」
「はいっ!」
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