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ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」27
トレーニングのメニューは日によって変わる。この日はスーパーセットを行なう。
スーパーセットとは、骨を挟んで対になっている拮抗筋(関節を伸ばす筋肉と、曲げる筋肉)を一度に鍛えるトレーニングだ。
まずはアームカールで、上腕二頭筋(肘を曲げる動きで働く)に刺激を入れる。
このときリラックス状態にある拮抗筋の上腕三頭筋を、次に行うトライセプスエクステンションの伸展動作によって刺激する。
これにより両方の筋肉を短時間で鍛えられる。
尚太郎は藤の指示で、アームカールからインターバルを挟まずにトライセプスエクステンションに入った。
両手にダンベルを持ってベンチに仰向けになり、垂直に上げた両手を、肘を支点に、頭の方へ曲げていく。肘の角度が90度を過ぎたところで両手を元の位置に戻す。これを繰り返す。
「ネガティブ(下ろす)動作を丁寧に。効かせる意識だ」
藤はフォームを細かくチェックして安全かつ効果的な動きを徹底させるため、まだ2種目なのに上腕の筋肉がバチバチに張っていく。
「やれば変わる。信じろ」
顔をしかめた尚太郎に、藤はいつになく真剣な口調で言う。
「自分を信じられないなら、俺を信じろ。おまえは、この俺が初めて育てたいと思った男だ」
「藤さん……」
「藤子でいい」
尚太郎は落としそうになったダンベルを慌てて持ち直し、感動を返してくれと言わんばかりに溜め息をついた。
「……猫型ロボットの作者ですか」
藤はデフォルトで露出している己の大胸筋を持ち上げてゆさゆさ揺らし、
「おまえの疲労を性欲で紛らわせてやる。とくと拝め」
「……いや、紛れません」
「遠慮するな。性欲でテストステロンを大量分泌させれば筋肉もどんどん育つんだ。さぁ、俺を女性だと思え! 藤子だと思え! 高まる欲望で股間とダンベルを持ち上げろ!」
「ぐうううぅぅ……!」
「ライウェイベイベー!」
ハードになったのはトレーニングだけではない、食事もだ。
体脂肪率8%の食事内容から、さらに炭水化物を1200kcal分減らすのは容易ではない。
腹が減って夜も眠れない。頭の中が食べ物のことでいっぱいになる。だけど食べるのも怖い。少し食べただけでぶくぶくと太っていくイメージに苛まれてしまう。
そして空腹のままベッドに横たわっていると、不安が募っていく。
やはり軽率だったんじゃないだろうか。僕なんかがステージに立つなんて、身の程知らずもいいとこなんじゃないだろうか。
自信が急速にしぼみ、じっとりした暗い怯えが身体中に満ちていく。
胎児のように膝を抱えて背中を丸めたとき、藤の言葉が耳によみがえった。
――やれば変わる。信じろ。
――自分を信じられないなら、俺を信じろ。おまえは、この俺が初めて育てたいと思った男だ。
(藤さん……)
ふっと身体の強張りが解けた。怯えがするすると退いていき、空腹の辛さも消えていく。
尚太郎は溶けるように眠りに落ちた。
翌朝から、尚太郎は自宅近くの公園で全力ダッシュを6本行うようになった。
また、ポージング練習も始まった。トレーニングを終えたあと鏡の前に立ち、藤の指示に合わせてポーズをとっていく。
「フロント・ダブル・バイセップス」
両腕に力こぶをつくる。
この状態で後ろを向けば『バック・ダブル・バイセップス』のポーズになる。
「おい、腕にばっかり意識がいって腹筋がゆるくなってるぞ。常に呼吸をコントロールして筋を張らせろ」
「はいっ」
「次、フロント・ラット・スプレッド」
腰に拳を当てて肘を横に張る。
この状態で後ろを向けば『バック・ラット・スプレッド』だ。
「こら、今度は腹筋に集中しすぎて他の部位がおろそかになってるぞ。気を抜いていい部位なんてない。筋肉の隅々まで力を入れて膨張させた状態で、より筋肉が大きくカットが美しく見えるよう意識しろ」
「は、はい」
「次、サイド・チェスト。ポージング間のわずかな動作も気を抜くな」
(辛い……ッ!)
ポージングがこれほど全身を緊張させ続けるものとは知らなかった。これは最早トレーニングだ。
それでも息は乱せない。乱せば筋肉の緊張が解けてしまう。細く小さな、息継ぎのような呼吸でポーズを維持する。そのうえ笑顔も維持しなくてはならない。表情筋まで鍛えられていく。
辛い。非常に辛い。全身に浮かんだ汗が、各部の筋肉の溝を伝って流れ落ち、足元を濡らしていく。
「ポージングとは、己が鍛えた肉体をいかに美しく見せるか。己が積み重ねてきた努力の結晶をいかに輝かせるか。……つまり、己と向き合うことなんだ」
藤はなぜか両腕を広げ、バレリーナのように片足立ちでくるくると回り出した。
「己と向き合うことは辛い。しかしその辛さと対峙することで良い結果を得られる。辛いトレーニングによって筋肉《よろこび》が得られるように……っとと、」
バランスを崩した藤を、尚太郎が慌てて支える。
「藤さん、何やってるんですか」
「ああ……わりぃ」身体を起こそうとした藤は、思い直したように尚太郎に寄りかかった。
「ちょっと、このままでいさせてくれ」
「え、でも僕、汗が……」
「いい。むしろいい」
「はぁ……」
首をかしげた尚太郎は、自分に密着してくる藤の肩を見下ろした。筋肉のラインがぼこぼこと浮き上がっている。
(すごい絞れてる。……そうだよな、藤さんも大会に出るために身体を仕上げてるんだ。自分の減量やトレーニングだけでも大変だろうに、……こうして寄りかかってくるほどきついのに、僕の面倒までみてくれてるんだ……)
尚太郎は思わず藤の背中に腕を回し、そっと抱きしめた。
(僕、もっと頑張らないと。このひとの厚意に応えないと)
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