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ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」25

『人体を構成する筋肉の数は600を超える。そのほとんどを目視できる境目は、体脂肪率7%だ。大会に出るなら、せめてそこまでは身体を絞れ』

帰りがけに寄った24時間営業のスーパーマーケットで、尚太郎は買い物かごを片手に食材を選びながら藤の言葉を思い返した。

『おまえの現在の体脂肪は13%。それを3ヶ月足らずで6%落として7%にしなくてはならない。
これまで3ヶ月ごとに平均して8%ずつ落としてきたおまえには容易に思えるかもしれないが、体脂肪率2桁から1桁への移行は、これまで以上に苦しいものになる。1日の摂取カロリーも、今より500kcal減らさなくてはならない』

オートミール、さつまいも、トマト、ブロッコリー、ちくわ、鶏むね肉、卵、ヨーグルト……どさどさとカゴに入れていく。
ダイエットを始めたころはKフィットネスのアプリに頼って食材を選んでいたが、もうアプリで確認しなくても減量に適した食材を選べるようになった。

加工食品を買うときは栄養成分表示をしっかりとチェックする。
ヘルシーに見えてもカロリーの高い地雷食品がざらにある。ツナ缶もそのひとつだ。ノンオイル以外のものは恐ろしくて触りたくもない。

カロリーは許容範囲でも、脂質が高い悪魔食品もある。
カロリーオフ系のアイスは、カロリーが低くても脂質が5g近くあったりする(サイズは小さいのに)。そのくせタンパク質は1gちょっとしかない。
ちなみにトレーニーがよく食べるイメージがあるプロテインバーは、1本にタンパク質が15gほど入っているのは素晴らしいが、脂肪も10gほど入っているので、増量期には良くても減量期には使えない(一部を除く※緑のパッケージのグラノーラは優秀)。
とはいえ、脂質を完全に断ちはしない。脂質も身体にとって大事なものだ。ちなみに脳の6割は油である。

『4500kcalから4000kcalになったところで一般の基準からすれば十分すぎるカロリーだが、食事量が減れば当然物足りなさを感じるだろう。
しかもおまえの身体には一般の基準を超える筋肉がついてるから、燃費がとんでもなく悪い。そのうえトレーニングもしてるから、-500kcalはしんどいだろう。しかし大会に出るのなら泣き言など言ってられない。頑張れよ、尚太郎』

(はい、頑張ります、藤さん)


尚太郎は社食利用をやめて弁当を持参するようになった。
中身は、茹でた鶏むね肉(皮無し)とブロッコリーと卵、玄米ご飯。味付けはわずかな塩だけ。
たいして美味しくないが、別にいい。栄養さえ取れれば味などどうでもいい。

黙々と咀嚼する尚太郎の隣のデスクでは、後輩がビッグてりやきバーガーにかぶりついている。1年前ならその匂いに鼻がひくついてヨダレが止まらなかっただろうが、もう減量に慣れてしまっているので何とも思わない。

「先輩、そのお弁当、マズそうっすね。彼女が作ったんですか?」

「いや、自分で作ったんだ」

「俺、こう見えて料理得意なんですよ。明日から俺がお弁当作りましょうか?」

「ありがとう、でも遠慮しておくよ」

「遠慮なんかいりませんよ。俺と先輩の仲じゃないですか。あ、もしかして俺の料理の腕を疑ってるんですか? もー仕方ないなぁ。じゃあ今夜うちに来てくださいよ。タコスとワカモーレとポソレご馳走しますから」

なんでメキシコ料理なんだと思いつつ、尚太郎はゆで卵を咀嚼して首を振った。

「ごめん、用事あるから」

「えー……」

嫌味を言わなくなった代わりにやけに親しげに絡んでくる後輩に、尚太郎は困惑げな笑みを返してブロッコリーを口に入れる。

後輩はぷうっと頬を膨らませていたが、急にものすごい勢いでバーガーを平らげ、ソースのついた口元をティッシュで拭うと、上目遣いで訊ねてきた。

「ねぇ先輩、身体触ってもいいですか?」

「え?」

「ではお言葉に甘えて。うわぁ、腕太ーい。この前より太くなってる」

許可していないのにベタベタと触られて困惑度合が増したが、筋肉を褒められると嬉しくなってしまうのはトレーニーの性《さが》である。

「え、そ、そう?」

「うんうん。胸板も厚み増した気がする」

「そうかな」

「肩もこんなに張り出して……うわぁ、硬ぁい」

褒めてくれるのは嬉しい。嬉しいが、くっつきすぎな気がする。
ストレスを感じるとコルチゾールが分泌されてカタボる(筋肉分解する)から、ストレスを感じないように後輩とはなるべく距離を置きたかった。
けれど仕事で関わるし、そもそも席が隣で、休憩時間もこのように近寄ってこられるのでどうしようもない。

(……まぁ、いいか。なんだか良くわからないけど慕ってくれてるみたいだし。身体も褒めてくれるし)

尚太郎は気にせず弁当を食べることに集中した。なので、後輩が寄ってこようとする女性社員たちを睨みつけて牽制していたことにはまったく気づかなかった。


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