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夏の思い出

高校一年生の夏休み、ぼくは父につれられて、海辺のとある街に来ていた。

父の仕事に一緒についていったのか、それとも連れていかれたのか、今はもう定かではない。
とにかく、仕事先の社長の家に二泊することになっていた。

山育ちのぼくは、海が大好きだった。
海どころか、たくさんの水がたまっているのを見ると、いつも胸がわくわくした。
それは山上湖でも、人の手によって造られたダム湖であっても同じだった。

とりわけ海は憧れだった。
視界いっぱいに広がる水平線。
寄せては返す波の律動と砂や小石が洗われる音。

真夜中の海岸にひとりでいても、少しも怖くなかった。防波堤に置いた手の横をカニやフナムシたちがはい回っていても、へっちゃらだった。

ここにしかいない生き物たち。
海のなかに棲む普段は出会うことのない魚たち。どれもが魅力的だった。


その街へは朝方に到着した。

ひとけのない商店街を抜けて目的の家へとたどり着く。その日、父は一日仕事だったので、ぼくは持参したBachのトランペットを吹いてすごした。

夏の全国吹奏楽コンクールを控えていたぼくは、事前にトランペットの練習をしてもいいか、泊まり先に確認をしておいた。返事は快いものだった。社長の奥さんは「ぜひ聴いてみたいわ」などと言ってくれた。

一日さぼっただけで、三日分の練習が無駄になってしまう。とりあえずでも楽器には常にふれておきたかった。一年生のぼくは、3rdトランペットながらコンクールの自由曲にソロパートが用意されていた。

コピーにとってホチキスで綴じたトレーニング用の譜面やコンクールの曲を通しで吹いたりして、その日一日をすごした。


二日目は父も休みだったので、みんなで社長の友人の定置網漁へついていこう、という話になった。

もちろん、初めての経験だ。
嬉々として小型の漁船に乗り込んで、真夏の日射しが強く反射する凪いだ海を進むと、ほどなくして定置網の張ってある漁場に到着した。

ゆっくりと網が引き揚げられる。

すると水面に見覚えのある大きな背びれが見えた。
右へ左へ大きく弧を描くように走っている。
バショウカジキだ。

「釣りキチ三平」の漫画でしか見たことがなかったそれは、本物を見るまで外国の魚だと思っていた。

ほかにも大きな魚が網に入っていた。
それはシイラだった。こんなにも大きくなる魚だというのをぼくはそれまで知らなかった。

帰りの船のなかで、ミミイカという小さなイカをもらって食べた。海水の塩気とともに、その小さなイカは甘くて、とても美味しかった。



その夜はなぜか、なかなか寝付けなかった。



真夏の太陽を浴びたせいなのか、漁の興奮がまだ冷めていなかったからなのかは分からない。


しばらくして、昼間、家のうらに小さな砂浜があるのを確認していたぼくは、そこへひとりで行ってみることにした。

といっても、その砂浜までは、少し斜面を降りて行かなくてはならず、懐中電灯も持たずに足元をadidasのスニーカーでゆっくり確かめながら、なんとか砂浜に降り立った。

両わきから木々のシルエットがせまってきている。
大きな流木らしきものも転がっていた。
呼吸が落ちついてきて、ようやく波の音が聞こえるようになった。

釣り人ならば、ひとり竿を振るのがやっとの小さな砂浜だ。遠くには、船の明かりらしき光がちらほらと見てとれる。



ふと夜空を見上げる。

あっ、、、
ぼくは、思わず息をのんだ。
文字通りのみ込んでしまった。

なんて星空なんだろう!

満天の星空がひろがっていた。

天の川まで見える!

いままで足元ばかり気にしていて、全く目に入らなかった。

夏の星空がこんなだなんて知らなかった。

それに星がとても大きく見える。
いつも見る星よりも、何倍も大きい!

海から見上げる星たちはこんなにも大きいのか。いまにもホントにおちてきそうだった。



なんて、きれいなんだ……


しばらく星空をながめていると、急にさみしさがこみ上げてきた。

それでも、この小さな砂浜から見上げる星空は、この上なく美しかった。

どうしてこんなにもキレイな星空を、ぼくはひとりで見ているんだろう…



どうして…

その夏の夜、ぼくは生まれて初めて、「誰かとこの美しい星空を分かち合いたい」という想いを知った。

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