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失敗が嫌で前に進めない人へ

「本当はやりたいことも前に進みたい気持ちもあるけど、前に進めない」っていう人がいます。

そういう人は表向きには大人しいけど、内心はふつふつ煮えたぎらせている野心や怒りがあります。

他人が発信したものに対してアレコレ考えたり言ったりはするものの、自分が発信する側に回るとこれまたアレコレ考えてしまって形になりません。

概して豆腐メンタルです。

RPGをやらせると初回からサブイベントや宝箱の全回収を目指して、あえなく積みゲーします。

しっくりくる言い訳を日々考えてるので、お喋りや文章を書くのが人よりちょっと上手かったりします。

「自分は大丈夫」と思いながら、ネットで「陰キャ」や「チー牛」とかの定義を見てなんかちょっとムッとしてしまいます。

……

なんでこんな具体的かというと、
自分がそうだからに決まっています。

ただ、自分も今後は発信者側に回ることも増えていきますし、
リスクを一切取らない生き方ではチャンスを逃してしまいますので、戒めを込めてそういう人がどう考えて日々を生きればいいかを書いてみます。

誰も求めてない縛りプレイ

僕はゲームが大好きです。
でも、先にも書いたような理由でよく積みゲー(途中でプレイをやめて放置)します。

ギャルゲーをやってる時は女の子の機嫌を損ねる発言をしてしまっただけで胃が痛くなるし、酷いときはアクションゲームで一回ダメージを受けるだけでテンションがダダ下がりします。とてつもないガラスのプライドです。

大事なことは、ノーミスでゲームをクリアしなくてはならないというのは「誰も頼んでないのに勝手に決めた自分ルールでしかない」ということ。

よっぽど意地悪なゲームじゃない限り、最近のゲームはなんとなくプレイしててもしっかり楽しめるように出来ています。
なのに、自分で勝手に決めたルールがそれを失わせているとなると中々悲しい話ですよね。

例えがゲームに偏っていて申し訳なかったです。
でもこれは生き方全般に言えることだと思います。

とてつもなく厳しい環境でない限りは、社会でも失敗はあって当たり前のものです。
現に、自分の周囲で誰かがミスをしてもよっぽど虫の居所が悪くない限りは「まぁそんなこともあるよね」と流すでしょうし、人に親切したい気分だったらフォローに回るかもしれません。

そこで「失敗したら人生おしまいだ」と極端に振り切ってしまうのは、誰も求めてないのに勝手に自分で始めた超絶難度の縛りプレイということになります。

そこで僕が最近思うようにしてるのは「ダメだったら○○しよう」と呪文のように唱えることです。

魔法の言葉「ダメだったら○○」

僕がよく使うのは「ダメだったらごめんなさいすればいい」です。
豆腐メンタルの人は概して人間関係に悩みやすいので、行動の足かせになるのは大体人間です。

「これをしたらあの人怒るかな…」

「こんなこと言ったら嫌われるかな…」

そんなものは実行するまでわかんないし、本人に「これ言ったら嫌いになっちゃいますか?」とか聞いちゃったら無事にメンヘラちゃんです。

だったら、怒らせちゃった場合(=失敗)を現実的に考えてその場合の対処を先に決めてしまうんです。
そう決めちゃえるだけで、それがお守りみたいな働きをしてくれます。

他の使い方を挙げるなら、

「ダメだったらやめちゃえばいい」

「ダメだったらこっそり消しちゃえばいい(まさにこの記事)」

とかになると思います。

これが分かるまですさまじく生きづらかったのですが、今はなんとか人の中でも生きていけるようになりました。

生きやすくするための道具を探そう

自分のネガティブさに気づいた完璧主義者さんは大体ポジティブになろうと努力します。
ポジティブなマインドや言葉、理論で心身をガッチガチに固めていくんです。
その努力を否定するわけじゃないですが、僕自身それをやり過ぎて調子を崩し、一か月近くをほとんど布団の上で過ごすことになりました。

ネガティブさは慎重さや危機察知力の裏返しです。
無理にそれを抑え込もうとするよりは、そのネガティブさのまま社会でも生きていける道具を手に持つことが大事なのではないかなと僕は思います。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

連載中のマガジン「ボイトレしたら人生変わった」もよかったら読んでください。


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