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ahorita(アオリータ)

こんばんは。今、メキシコのグアダラハラは夜12時半です。

今日も夜遅くまで仕事をしていた。本当はもっと早く仕事を終わらせて、noteの投稿ももっと早く始めたかったのだが、なかなかうまくいかなかった。


僕が住んでいるメキシコの公用語はスペイン語だ。

スペイン語は世界21の国と地域で話されている世界で3番目に母語話者が多い言語だ。スペインと北米のメキシコ、それからブラジルを除く南米のほぼすべての国で話されている。全体で約4億人の人が母語として日常的に使っている。アメリカにも州によってはスペイン語を第2言語として使用しているところもあるので、本当に幅が広い言語なのだと思う。

そんな中でも、母語話者数の約25%を占めるのが、今僕が住んでいるメキシコである。メキシコの人口は日本より少し多い1.28億人くらいである。

しかし、国土は日本の5倍。

そう考えると、日本人がいかに狭いところで暮らしているかがイメージできると思う。

スペイン語はその国によってよく使われている言葉が異なる。それぞれの国の文化や習慣が影響しているので、同じものを指す場合でも違う言葉を使うことが多い。

例えば、スペイン語で【バス】のことを

・autobús(スペイン)
・camión(メキシコ)
・guagua(キューバ)
・colectivo(アルゼンチン)

というように全然言い方が違う。

もし良ければ、このYouTubeの動画を見ていただくといいだろう。アクセントの違いや言葉がいかに多様化しているかを簡単に紹介している。

そして、メキシコのスペイン語には

ahorita(アオリータ)

というよく使われるフレーズがある。

元々、ahora(アオラ)は【今】を意味するスペイン語の単語であるが、その後ろに-ito, -itaがいたものである。

これがつくことで【今すぐに】とか【これからすぐに】という意味合いを持たせることができる。

例えば、友達が来ないので、電話でどこにいるか聞く場面では

A: ¿Oye, dónde estás? ¿Aún no llegas? 
B: No, pero ahorita voy.
A: Ah bueno.

(日本語訳)
A: おい!どこにいるの?まだ着かないの? 
B: うん、でも今すぐに行くよ。
A: あ、そう。

だいたいこんなやり取りをしているのをよく見かける。

日本人と違って、メキシコ人は時間にルーズだ。約束の時間には遅れてくる人が多い。約束の時間より前に来ることがよしとされている日本とはだいぶ時間の感覚が違うようだ。

3年ここで暮らしてみていつも不思議に思うことがある。

誰かに待たされている彼らがそのことで誰かに怒っているのをあまり見たことがない。

元々、遅れてくることが分かっているのだから、当たり前だと思うかもしれないが、待たされている人もいるはずである。時間を無駄にしていると思う人もいたっておかしくない。

人との待ち合わせだけではない。バスや電車も遅れてくるのが当たり前の国だ。

先月職場が変わったことで、バスを使うようになった。日本のように時刻表などもないし、自分で意思表示をしなければバスは停まってはくれない。

なんだか人だけでなく社会全体が【ahorita】の雰囲気に包まれている気がする。

でも、ふと立ち止まって考えてみた。

そもそも時間って誰が決めたのだろう。

1日は24時間って誰が決めたのだろう。

今日は2022年2月18日だって誰が決めたのだろう。

時間は人間がお互いに過ごしやすいように作られた数字のシステムに過ぎない。誰が決めたかは分からないけど、同じ時間を生きていると思っていれば、いろんなことがスムーズにできる。

しかし、果たして本当に同じ時間を生きているのだろうか。

何人かで集まって目隠しをして、ストップウォッチで1分を測ってみるとよく分かる。それがいかに我々の間では曖昧で不正確なものかが。

絶対に全員同じ時にストップウォッチを止めないだろう。

1分が40秒くらいの感覚で生きている人もいれば、80秒くらいの人だってもちろんいるだろう。

メキシコの【ahorita】文化。

遅れてくることって何も悪いことだけではないのかもしれない。それだけ心にゆとり持った人たちが多くいるということの現れだと思う。

メキシコ人は休日に時計をあまりしないそうだ。

休日を思いっきり楽しむために、時計をしないという彼らの【ahorita】文化。

「うん、いいじゃないか!そんなふうに時間を贅沢に使う日があったって。」




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