藤本かいと

少し先の未来の世界に起こるかもしれない物語を書いています。 楽しんでもらえればうれしいです。

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最近の記事

性欲がなくなる薬 ~ケンジャチン~

 オフィスの中央に浮かぶホログラフ時計が21:00を表示しているのに、半分ほどのデスクにはまだ社員が残ったままだ。  ヒロトは両手を組んだまま腕を大きく上げて伸びをし、頭を左右にひねってあたりを見渡した。  リースの観葉植物のわきに座っていた渡辺が、そんなヒロトに気づいて声をかけてきた。 「今日もおそくなっちゃったなあ。奥さんも待ちくたびれてんじゃないの、新婚さんっ」  ちょっと休憩するか。ヒロトは立ち上がり、渡辺のもとに近づいた。 「いや、もう、ぜんぜん新婚じゃないっすよ。

    • ルンパはかわいい掃除機ペット

       マンションの自室ドアにある小さなレンズを見つめると、ドアはかちゃりと開いた。平井昇太はため息をつきながら、まだ暗い玄関に足を踏み入れた。  奥の方からみゅーんと軽い音を立てながらルンパが近づいてくるのがわかる。LEDの青い色が目まぐるしく点滅して、うす暗い細い廊下をちかちかと照らしている。  やがて室内照明がゆっくりと明るくなっていくと、ルンパがすぐ近くに来ていて、うれしそうにくるくると円を描いて動き回っているのが見えた。  うれしそうに?  いや、ほんとうにルンパがう

      • 火星に航行中の社長よりお話があります (後編)

         わけもわからず、とりあえず顧客のクレーム対応に戻った杉村が、なにが起こったのかを知ったのは次の日だった。  ごく小さい隕石が船体に衝突したとのことだった。  確率的にはまず起こりえないことだと、ウェブニュースで宇宙航行の専門家は語っていた。自動翻訳で流れてくるその音声には抑揚があまりなかったが、アメリカ人特有の大げさな身振りで、その教授がいかに驚いているかが伝わった。  ありえない事故がイーコン6をおそった。それはまったくの不幸としか言えなかった。しかし、救いだったのは、そ

        • 火星に航行中の社長よりお話があります (前編)

          「まったく! どういうことなの、いったい。もうこれで何回目? 袖がちゃんとついていないとか、ふつうありうる?」  スマートグラスの画面に浮かぶ近藤さん ―シモムラ宇都宮店の仕入れ主任― は、さわやかな笑顔を見せている。しかし、それはそれが登録写真であるからにすぎない。  杉村の頭の中にギンギンと響いてくる近藤さんのどなり声からは、彼がどれだけ怒っているかが痛いほどよく伝わってくる。 「ほんとうにすみません。まったく、弁解のしようもございません」  とにかく、謝るしかない。文字