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君嶋彼方著『君の顔では泣けない』

「私たち、入れ替わってる!?」
古くは平安時代に完成されたとされる古典文学『とりかへばや物語』に始まり、最近では記憶に新しい新海誠監督の代表作でもある『君の名は。』でも、作中では都会に住む滝と田舎暮らしの三葉が入れ替わっていた。

そう、男女の入れ替わりを描いた物語は珍しくない。現実では万が一でもそんなことは起きないのだから、入れ替わりとは完全なる非日常として物語を鑑賞するための舞台装置のような役割すら持っているのかもしれない。
 
今回紹介する君嶋彼方著『君の顔では泣けない』も、高校一年生になる坂平陸と水村まなみが入れ替わる物語。そう、定番ともいえる男女入れ替わりものなのだ。
それではなぜ、こうも僕の心から離れないのか。
入れ替わった後が怒涛の展開だったから? はたまた、入れ替わりの謎を解明しようとする二人の姿に魅了されたから?
 
誤解を招くかもしれないが、答えはそのどちらでもない。
作中では実に淡白に書かれているが、実際にこの一文を読んで、僕はこれまで見たこともない作品に出会ってしまったと直感してしまったのだ。

十五年前。俺たちの体は入れ替わった。そして十五年。今に至るまで、一度も体は元に戻っていない。

君嶋彼方『君の顔では泣けない』角川書店 16ページ

これが何を意味するのか。
周りにバレないように他人の日常を送るだけでも精一杯なのに、いつになっても戻る気配すらない。
もちろん、毎日が葛藤だらけだ。異性として送る生活、家族や学校での立ち位置、戻った時のことを考えて維持し続けなければならないもの。
 
そうこうしている間にも時は経ち、二人は大人になっていく。やがて恋人ができ、上京し、就職、結婚、出産を経験する。
やがて二人の心にも変化が芽生え、互いの人生を受け入れていく様子が丁寧に描かれる。その過程は入れ替わりという完全なるフィクションのはずなのに、リアリティを伴った痛みや互いを思いやる優しさをひしひしと感じてしまった。
 
まさに単なる恋愛ものとは全く異なっている。
本作の作者も、入れ替わりものを描くにあたって男女の新しい関係を作ろうと意欲していたらしい。

自分が〝入れ替わり〟をリアルに想像したら、そこにある感情は絶望だったし、そこからどんなに想像を膨らませていっても、相手を──結局のところ自分の顔と体を好きになって恋をする、という感覚はどうしても出てこなかった。入れ替わった男女の心情を自分なりにリアルに書くならば、恋愛ではなく、同志愛を書くべきだと思いました。僕自身のもともとの好みも出ている気がしますね。入れ替わりものじゃなくても、恋愛感情とは違う男女の関係を描いている作品が好きなんです。(中略)恋愛以上の強い繋がりがある。そこを自分も目指したかった。

小説丸 君嶋彼方『君の顔では泣けない』https://shosetsu-maru.com/interviews/authors/storybox_interview/101  (2022年11月6日アクセス)

本作では、入れ替わり以外は至って普通の日常が続いていく。
ただ、周りにすら言えない秘密を抱えた二人の人生も、元に戻りたいという願いもむなしく続く日々。それでも、二人は作者のいう同士愛を持って、置かれた環境で悩み苦しみながらもそれぞれの居場所を見つけ始める。
 
その様子は、入れ替わりすら起きていないものの、かつて描いた夢を捨て生きる僕たちにも勇気をくれるようだ。
葛藤も悩みも全部ひっくるめて、置かれた場所で自分だけの花を咲かせる。人生を肯定する力強さを、本作から教わることができた。


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