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ニールヤング 〜静と動を行き交う孤独の旅路

ニールヤング、60年代から活躍して、今もコンスタントにアルバムを出し、ライブをとってる数少ないアーティストの一人である。
彼の音楽を聴いてる人たちはバッファロー・スプリング・フィールドやクロスビー・スティルス&ナッシュ・ヤングから入ってるファンが多いだろう。

私はブリティッシュロックに傾倒していたため、ウエストコーストとかほとんど無縁であった。
偶然にも知人から借りたニールの「ZUMA」で一気にはまった。
バックバンドにクレイジーホースを迎え、引きずるようなエレクトリックギターを弾くニールに魅了されたのだ。

○コルテス・ザ・キラー
スペインのコルテスによって滅ぼされたアステカ帝国の情景を歌った名曲。
画像はZUMAのジャケット。

ニールヤング のエレクトリックギターは決して上手いギターではないが、なぜか耳にこびりつくような歪みがたまらない。

その後にラジオで聴いた「ライク・ア・ハリケーン」もニールの強力な歪みのエレクトリックギターが聴ける曲だ。
このあとこの曲をやってる「ライブ・ラスト」を買った。
この曲はどうやらジミ・ヘンドリックスに触発されて書いたそうだが、ニールのギターに取り付けたピグスビーの音のダウンアップやフィードバック奏法の多用でジミの影響を強く感じる。

○ライク・ア・ハリケーン
1986年の映像から。クレイジーホースとの熱い演奏を繰り広げるニールヤング 。

そしてこちらはもう1人強く影響を受けたボブ・ディランの「見張り塔からずっと」。
ボーカル部分はディランを参考に、ギターはこの曲をメジャーにしたジミヘンバージョンというイメージである。

○見張り塔からずっと
クレイジーホースとウィリーネルソンをバックに熱唱するニールヤング 。

このあとは「ハーベスト」や「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」を聴き、アコースティック面の魅力にもはまっていく。
アコースティックはニールヤングの根っこであるカントリーミュージックからの影響が強い。
エレクトリックが動の音楽とすればこちらは静の音楽である。

○ハーベスト・ムーン
エレクトリックとは全然違うこの穏やかなメロディーが余韻に残る。
72年発表の「ハーヴェスト」から30年後の92年に発表。

個人的な私感ではあるが、ニールヤング という人は音楽で喜怒哀楽を表現してる人ではないだろうか。
初期から70年代はフォークやカントリーの影響を強く感じるのだが、それでもエレクトリックギターを使ってのサウンドは独特のセンスが感じられた。
そしてクロスビー,スティルス&ナッシュ・ヤングでの活動は継続したものではなく、彼だけが突如加わるということから、バンドに縛られたくない孤高の境地を感じるのだ。
80年代はテクノやロカビリーやR&Bの作品を出して驚かせたが、それも彼にとってはごく普通の表現だったに違いないと思う。

○mt.ソウル
テクノアルバムといわれた「トランス」からのナンバー。
リズムは確かにテクノだが、サウンドはソリッドでありテクノポップではありえない。

そして90年代はグランジロックのアーティストから慕われ、爆音に磨きをかける。
特にパールジャムはアルバムで共演して、ステージでも何度か共演している。
そして同じシアトルのバンドであったニルヴァーナも強い影響を受けていた。
亡くなったカート・コバーンは遺書にニールヤング の曲の一節を書き記している。

○ヘイ・ヘイ・マイ・マイ
「霞んで消えるよりはむしろ燃え尽きたい」と歌うニールのハードな曲。

今世紀に入ってもニールヤング は着実に活動を続けている。
反骨な精神も健在で、ここ近年は新型コロナの反ワクチン情報を流した音楽サイトSpotifyから全曲を削除、そして農業支援の音楽イベント、ファームエイドも継続している。

○孤独の旅路

人生を旅路のようにとらえたニールヤングのフォークの原点といえる曲。

エレクトリックでの轟音とアコースティックでの淡々とした音、その違いは彼にはないのだろう。

では最後に自由な世界でロックしようぜと歌うロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」を。







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