見出し画像

短編小説 新卒に投資

俺は他の人と違う。

幼少の頃から思っていた事はただの自惚れであった。

特別な力で、特別な所で働き、特別な仕事をして称賛される。馬鹿馬鹿しいが俺はそれが好きだ。

それなりの大学へ行き、いざ就活になるとその夢は崩れる音を見せる。

皆こぞって己のみの強みを探し、皆同じに見えて少し個性を出す正装をして、ありふれている事より少し上の答えを出す。

今日の集団面接では面接官と話している、というよりかは他の就活生よりも印象に残る大喜利合戦をしているようで何をしているか分からなくなった。

例えばさっき俺が
「夏休み海外旅行して自分磨きをしました」
って言った後に隣の女が
「幼少期から高校まで海外に住んでました」
なんて言われたら負けたに決まってるだろ、上位互換であり、俺が踏み台になったようだ。

俺を受け入れる場所ってあるのかなぁ。
今日はあの会社は海外野郎の一人勝ちだな。
この不毛な就活はいつ終わるのだろうか。

大学に帰り次の求人や会社を探す。
無論都会、高収入、ネームバリュー、そこしか狙わない。
中小企業なんか目じゃない。俺に相応しくないのだ。俺だけは俺の味方だ。

大学を出て帰り際家の近くの豆腐屋が潰れていた。
俺はこうはならないと心で誓い、やる気が突然でたので本屋へ寄ろうと来た道を引き返して向かった。

無駄に本を買って帰宅し、メールを見ると不採用が三件ほどあったのでパソコンを閉じて寝た。

俺には何もない事がわかった。
今までの自信は架空のもので、全て崩れ去った。
海外旅行なんざ誰だって行けたし、長年続けている趣味のバスケは弱小チームだし特別なスキルなんかない。俺は何だったんだろう。

ある日ボランティアサークルでの活動があったので向かった。なぜやっているかはわかっているだろう。就活の点数稼ぎだ。何もない俺は何か付けたいのだ。

結果が欲しいため何でもいいから活動させてくれと無駄にせがんだ。

向かった先はかなり山奥の田舎の村だった。
ここで3日かけてお年寄りの困りごとを解決するらしい。

俺は1人暮らしの80代の女性の手伝いをする事になった。
困り事を聞くとお茶とお菓子を持ってきてとりあえず話そうと言われ。俺は困惑した。1日目はおばあさんの昔の話を聞くだけで終わってしまった。

サークルの皆と民宿で泊まっている時、互いに情報交換をしたが皆は外壁を直したり、買い出しをしたり掃除したりの中俺だけ何もしていなく何をしにきたのか分からなくなった。

2日目おばあさんの元を訪ねる。
再び話そうと言われ、お茶とお菓子を出され今度は俺が話した。
就活の事、自分がわからないこと、けど何かしたい事、したい事もわからないこと。大きい事をしたいこと。

言っては悪いがこの人に言ったところで何も変わらないだろう。

おばあさんは一つ一つ話を噛み締めた後ゆっくりと語り出した。

「私はこの裏山にある山菜と竹の子を都会に売って暮らしている。収入は億はいく、毎年ある程度安定してね。あんたにそれがわからなきゃ今後も仕事はないね」

何を言っているのかわからなかった。
そんなことよりそんな山を持っている事に嫉妬すら覚えた。

3日目最終日再びおばあさんと話す。答えがわからないと困惑するとため息をついて、おばあさんは俺に詰んだ山菜をカゴに入れて持っていてくれと摘みに裏山に連れて行った。

全部取らずに少し残して収穫をする。じゃなきゃ来年取れなくなるらしい。自生する植物は管理が難しいのだ。

それと同時におばあさんは語る。

「あんたはこの山菜を全部とっているのと同じ事をしているのさ、あんたの場合は時間だね。今の将来を見通しても何もしてなかったんだろ?3年後に就活をするとわかっていても何もしなかった。3年あれば何でもできたはずだよ」

私は何も言えなかった。
その通りだったのだ。何も言えずに顔には自分への嫌悪感と挫折が出ていた。

そんな顔を見たのかおばあさんは

「気付いたのが今でよかったね。今からなら3年後は変えられるよ。その若さでね。時間はあるんだろ?私はあと20年後までしか考えられないけどあんたは80年後もあるね、大変だ、はっはっは」

私をバカにして笑ってくる、バカだから何も言い返せず笑うしかなかった。
ただこの人には何か恩返しをしようと心に決めた。こうして3日間の俺の逆ボランティアは終わった。

あれから大学卒業後は親には盛大に怒られたがバイトをしながら、農作物の流通等について勉強し、おばあさんと約束した3年後には小さい会社だが田舎と都会を結ぶ流通会社を作る事ができた。

早速おばあさんの竹の子と山菜を扱って恩返ししようと連絡すると電話には若い女性の孫が出て1年前に亡くなった事を聞いた。
俺はおばあさんのお墓の場所を聞いて、それと3年前助けてくれた事を伝えると孫は

「そういえば以前祖母は私に裏山の事についてはあんたにはわからないだろうからそのうち助けがくる、保険はかけといたからそいつに聞くといい。3年後に現れるって言ってました」

それを聞いて俺は大笑いしてしまった。

そんなに見通せるなら自分の死も見通していたのだろう。借りを作りっぱで逃げたおばあさんは流石だった。











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?