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短編小説 豆腐屋

死んだ親父の跡を継いで何年だろうか。

時代は流れていくのは仕方ないが私の代で終わるのは避けたかった。

朝の4時に起きて大豆と水を混ぜ、ミキサーに回して絞り豆乳をつくる。

出来た豆乳とにがりをいれ、固めている時だけが朝の少ない休憩時間でそれが終わると卸先へ配達だ。

息子はまだ寝ているのかわからない、一緒に住んでいるが会う日の方が少ない。
作った食事は食べてくれている。

20歳を越えて出ていくのかと思ったら一日中ゲームをして部屋に篭っている。あれから何年経ったのだろう。
死んだ妻が生きていたら、何度も考えたが無意味な事だ。
隣の家の息子は都会から猫を連れて帰って来て、畑仕事に励んでいるらしくそれを見習って健康な生活を送ってもらいたいものだ。

私が死んだらこの子はどうなる。この年でまだ親バカであり、過保護な自分に呆れる。
いや、むしろこれしか生きがいがない私がおかしいのか。そうだろう。

スーパーやネットのある現代で豆腐屋はほぼ需要が無くなり日に日に収入は下がっていく。
代々継いできた店があるから続けられるだけで借金が少しでもあれば潰れていただろう。

息子の部屋からは毎日ゲーム音がし、夜の8時には音は消えている。

私も含め変わりのない生活に気が狂いそうになる。
白黒の味気のない毎日。

パソコン等が使えていれば生活は変わるのかもしれないがこの年でそんな余裕はない。

その時は突然きた、豆腐の卸先の旅館やお得意の料亭が次々と取引停止を出してきたのだ。

何処も町場の物より大量生産で安いものに切り替えた方が安いからだ。メイン食材にならない物からカットされるのは当たり前のことだろう。

明日からは作る量は半分以下になる。
悲しいが作らなくていいので1時間遅く起きる生活になった。

朝の5時に起きて仕込み、いつもはこの時間に休憩していたのだが今日からは6時から休憩をして半からは数少ない配達に向かう。長年やってた事と生活が違うのは不思議な気持ちだ。

6時半辺りになった時、息子と玄関で会った。
どうやらこの時間にランニングしていたみたいだ。何か言おうとしていた息子に声をかけようとしたら走っていなくなってしまった。

久々に見た息子はガタイが良くなっていた。

数ヶ月後、嫌な事は続くというが長年騙し騙し使っていた機械がとうとう修理不能な迄に壊れた。それも複数だ。
買い換える金なんて無いに決まっている。
貸してくれもしないだろう。

明日から急に豆腐が無くなって困る取引先なんかない、今日で締めよう。私の心が折れた。
仕事を探さなくては。

一応息子にもいわなくてはと思い。息子の部屋へ行く。ゲームの音が鳴り響く、私は電子音がどうも苦手だ。
意を決してドアを開けた。

オフィスのようなデスクと机、大きい画面には現実さながらの戦闘がそこにあり、息子は画面に支持を出しながら何かと戦っていた。
私はそのリアルな画面に心を奪われた。

息子はこちらを見た瞬間に驚いた顔をし、

「ええっ!?父さん?ごめんなさい、皆さん少し落ちます」

そう言って画面を閉じた。

私は息子を居間に連れて豆腐屋が潰れることを告げる。

「明日からどうなるか分からない、新しい事を始めなくてはと思う、申し訳ない」

なんとも言えない私に息子は嬉しそうな顔をして驚いた。

そして長々と語ってくれた。

私が妻が亡くなってから生きがいは豆腐と息子と生きる事しかなかったという事。
不変的な私をどうすればいいのかずっと葛藤してた事。
優しくするだけではダメだった事。

たしかにかなり昔に豆腐以外の事業をしろと息子に言われた時私は怒鳴り散らした覚えがある。

仕事をしてないと思っていた息子はプロゲーマーという仕事をしていた。
詳しくは分からないが、チームを組み、戦い、結果を出してスポンサー契約を結ぶ。賞金もある、結果を出せない時の苦悩の話を聞くとスポーツ選手と変わりないではないか。

収入は私の何倍もあり、早朝のトレーニングや規則正しい生活なども体つきから見られる。
体が資本というのはいつの時代も変わらない。
私よりもしっかりしている。

「親父、今までごめんな、これ気持ちだけどさ、旅行にでも今度行こうよ」

そう言った息子の渡す信じられない額に私は断らざるを得なかった。
そんな私を見て息子は笑って生活費にしようと言ってくれた。
真面目な仕事とは何か、私は今までこの世の中を勘違いしていたようだ。

たしかに私が子供の頃あった職業は淘汰されている物が沢山ある。紙芝居師は殆ど無くなったし、ヒヨコ屋や屋台なんかもどんどん無くなった。そして今日は豆腐屋も。

それと同じく仕事は新しく増えている。
息子のやっている事は遊びではない。
世間がそれを認めるのはそれほど遅くはないのだろう。
ゲームをやる事が仕事になる世の中を誰が予想しただろうか?

息子に安定を求めた私が愚かだった。

毎日コツコツやってても安定してなかった私がいるのだから。

次の日の昼間、隣の部屋から聞こえるゲーム音は真剣な練習試合の音に私の中で変わっていた。

息子の画面を見てもルールを知らない私には何をやっているのかわからない。

ルールを知ればいいのか。

私の目の前の景色に色がつき始めた。










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