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7月、夏の魚といえば鱧 「廃れ者」が脚光を浴びるまで

なんといっても夏の魚は鱧です。京都祇園祭の季節に漁が始まるハモの話をしたいと思います。

現在では鯛と並んで「高級品」というイメージが圧倒的ですが、実は鱧は「廃れ者」だったんです。美味しいものを食べることへの欲求と、交通網の発達が、鱧を高級品の地位に押し上げました。

◆小魚が豊かな漁場、鹿ノ瀬から

小室のハモは、兵庫県明石の鹿ノ瀬から仕入れています。ここは、知る人ぞ知る豊かな漁場です。

大阪湾で5mの波があるときでも、1mぐらいしか波立たない穏やかな浅瀬です。海底が隆起している浅瀬を、馬や鹿の背中にたとえて「鹿ノ瀬」「馬の背」と呼んでいます。

水深15~20メートルぐらいで、光が入り込むので海藻が生育するのに適しているんですね。だからコウナゴや鰯の稚魚がたくさん棲んでいます。ハモは食べるに困りません。

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◆満漢全席の貴族のような鱧

鱧は正月ぐらいに生まれて半年ぐらいで100~200グラムになります。1年半ぐらい経つと、400~600グラムに成長します。

鱧も鰻も穴子も、長い魚はほとんどが夜行性。夕方になって日が落ちてくると、巣穴や岩陰からそーっと出てきます。

あたりいっぱいに小魚がいるので、ぱくぱく食べて、すぐおなかいっぱいになります。寝ても覚めてもエサが目の前にたくさんいる。

満干全席が並べられた王様王妃のようなもんですね。おなかいっぱい食べて、ねぐらに帰る。食っちゃ寝、食っちゃ寝、相撲取りのような生活をしているんです。

◆子顔で瞳の小さな鱧

身が詰まっている魚は、首からすぐに肉が盛り上がっているんですね。小顔で、魚屋さんは上から見ているから「顔が短いの」って言いますね。

豊洲でみるほかの漁場の鱧は、顔が大きいのが多いですね。

鯛でも鰈でも平目でも、同じ大きさの魚だったら、目の大きいものはよくないんです。終始エサを探してきょろきょろしているからなのか、目のまわりに肉がついていない魚なんですね。

しっかり経験則があって生きている魚は、目が小さくて瞳がつぶら。うちにくる鱧はみんなエサを探していないので、そんな顔つきをしています。

鱧は普通のものをおろすと、途中で細くなって、細い方が長いんです。

尾っぽの身の詰まりがいい。うちの鱧は、最後の方が細いだけ。なだらかに細くなっていくんじゃなくて、細い部分が短いんです。

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◆生命力の強い刃も、中国では薬膳に

交通手段が限られていた時代でさえ、朝、兵庫の浜を出た大八車が、夕方には洛中に届いたそうです。

生きた魚は高値で取引されたでしょう。夏は鱧、冬は鯛や平目。生きて届きそうなものが、たらいに入って運ばれてきたんじゃないでしょうか。

中国では、生命力の強い鱧は薬膳として食べられていたようです。中国ではまるまる煮込んでしまいます。小骨が気にならないよう、くたくたに炊いて、滋養強壮のために食べていたようですね。

◆骨切り技術が生まれて話題になった

関東では、20年前には「鱧が美味しい」というイメージがまるでなかった。

縄文時代という説もありますが、昔から食べられていたものの、「骨切り」といって小骨を切って食べる技術が生まれるまでは、「うまい」と話題にならなかったんでしょう。

骨切りの発祥の地は大分県中津市が主張してますね。でもブレークしたのは関西。京都に伝わって花開いたのかもしれません。

◆交通革命が起きて全国の高級魚に

全国的な高級魚と変わっていった理由には、まさに交通革命が起きないといけません。

唯一、海の夏の魚で、生きて洛中に届くのが鱧しかいなかったのでしょう。そのなかから「骨切りの鱧」が広がっていったのだと思います。

必要性がなければ発見・発明は起きません。「うまいもの食べよう」ではなく、よんどころない事情があって生まれて磨かれたからこそ、ごちそうになったんじゃないかと思っています。

鱧がこれだけフィーチャーされるようになったのは幕末以降、汽車や車ができて、それが進むようになりました。いま、鹿ノ瀬の鱧を一番食べるのは東京になっています。

◆朝6時にしめて、12時間経ってもまだ生きる生命力

しめて神経を抜いて発泡スチロールに入ったものを、上のふたに氷を付けて送ってもらっています。

生命力の強い鱧は、朝6時にしめて、12時間経っていてもまだ身がひくひくしています。
3センチを18ぐらいで切って、そこから2~3時間後、お客さんに出す頃には身がしっとりするんですね。お湯に入れると身がふわっとします。

◆鱧をさばくときは……

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とにかく早くおろしたいので、中骨から早めに外します。

身がいかっている、細胞としては生きている状態のうちに、水洗いをしたりしごいてヌメりをとったりします。

この身がいかっているときは、ある程度しっかりしごいても傷みません。硬直が始まってしまうと身がだれてしまうし、値うちが半減。使える幅がぎゅっと狭くなってしまいます。

生きている間に内臓を出して、血合いをきれいに洗い出して、おろしてから、ぬめりをとる。

◆骨切りは薄く薄く

骨切りをするのはここから。皮目を下にして切り始めます。

鱧の小骨は垂直ではなく、斜めに上がってきています。なるだけ骨に対して垂直に刃を入れたい。

包丁のみねを左手に15度ぐらい傾けて、押しながら切っていきます。
尾っぽは身が薄くなってきているので、ボリュームがあるところで切ると、一寸を22~23に切るのが細かい切り方になっています。

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身が接している面積が多ければ多いほど、摩擦係数が大きく、移動しながら切るので流れます。身質がよくないと薄く切れません。
まな板の周辺に切り身が飛びすぎている切り方もいかがなものか、ですね。

一般的に一寸を21~23に切っているのが多いのに対して、30だと言っている人がいまして、驚きました。

ただし、薄いからといって美味しいわけではありません。一番大事なことは皮目まで包丁が届いていることです。薄さは2mmおきに入れたら十分です。

◆5年ぐらいで骨切りができるようになる

骨切りができるようになるまで、うちでは5年ぐらい。3年目ぐらいに穴子で骨切りをして、穴子ごはんにして出したりします。
穴子は骨を感じないので、切らずとも食べられる。皮を切らずに骨を断つフォームの練習です。

ワンシーズン100本ぐらい穴子を担当したら、次のシーズンでは硬直してしまった上がりの鱧で練習します。
5年目になったら本番の鱧を切らせようか、となってきます。

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鱧切り包丁は、江戸のおしまいにあったかなかったかぐらいでしょう。昔は柳刃包丁の大きいのですませていたんじゃないかな。

重みがあって、指に乗せるのに、身幅の狭い柳で切るよりもスライドしやすいんです。
荷重移動、重さを移動させるだけで切れるんです。刃を入れるときは包丁の重さを使うだけ。「1+1=2」と当たり前に分かるように、力の抜き方が分かってきます。

◆見えっぱりの板前は長い包丁で

重さと幅、ストロークを考えると、30センチは必要でしょう。

しかし板前は見えっぱりが多い。30~33センチでいいのに、京都では36センチを使う人もまあまあいます。

そんな見えっぱりの板前気質のために、尺3ぐらいまで用意されています。でも大きければ大きいほど、作業動作に遅れをとりますし、日に50本切ろうと思うと邪魔くさいです。

機能的には大小変わりなく、ちょうどいい大きさを使った方が使いやすい。

骨切り包丁は10~30万円ぐらい。鱧を切る板前はみんな持っているんではないでしょうか。

◆「うまみ」の表情が変わる鱧

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うまい身の鱧は、塩とスダチと山葵で間に合っちゃう。

「梅肉はつけないの?」と聞かれる人もいるので、つけたこともありますが、まずくはないけどわざわざ使う必要はないですね。つけたい人はつけたらいいぐらいです。

鱧は、湯霜・焼き霜・胡麻塩焼き・八幡揚げ……それぞれに、特徴が出ます。うまみの表情が変わるんです。

湯をくぐったのと、皮目をあぶって香ばしい顔を見せたのに、塩をパラパラとかけてスダチを絞って食べたときと……全然違いますよね。いい反応をする魚だなって思います。

◆伝家の宝刀は抜きまくる

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鱧寿司を出すと、こんなに良い鱧でやらなくてもいいよっておっしゃる人もいますが、鱧を切り出して、一切れ食べてみると…なんてこれはうまいんだろうな、こんなにうまい鱧寿司はないよな、見事だなって思います。

半分口に入れただけでふわ~っと広がってくる香り。

材料だけで勝負できすぎてしまうのがカッコ悪いかもと思いますが、これは伝家の宝刀。抜いて切って切りまくらせて頂きます。


◆8月の旬をちょっと先取り
コチ(マゴチ)/すずき(フッコ)/アワビ

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編集・水野梓



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