『夏の夜の夢』の仕掛け
戯曲の仕掛けについて、まだ続いています。
井上ひさしは仕掛けについて、こう語っていました。
《主題と渾然一体となって全編にみなぎり渡る舞台上の知恵ある仕掛け。そのことによって観客に新しい体験をさせる手段》
「主題と渾然一体となって」というところが、なかなか大変です。でも、ここが肝ですね。では、主題があって、そこから知恵を絞って仕掛けを考え出すかというと、そうでもない。井上先生はこうも言ってました。
《小説ですと、まずテーマがあって、それに沿って書き出すのは当たり前の方法論なんですが、芝居は、そうじゃないんですね。「演劇的仕掛け」とでも言いましょうか、(中略)「演劇でなければ表現できない構造」をまず考え、 そこから入っていくとおもしろい芝居になることが多いですね。》
仕掛けが先だということを、もう一度確認しておきましょう。(自分に言い聞かせています)
主題に関しては、また改めて掘り下げるとして、後半の気になる言葉、「観客に新しい体験をさせる手段」…それって、具体的にどういうこと?
前回に引き続き、『喜劇の手法』からもう一つ読んでみます。
【夢】の章。
物語の仕掛けとしての「夢」といえば、まず思いつくのが「夢オチ」ですかね。小学生でも高学年と創作していると展開として普通に出てきます。異界や異次元の世界に行って、ハチャメチャやって、これ収集つかないんじゃ…となって、もう夢オチでいいか、みたいな。
「不思議の国のアリス」が代表的ですが、ファンタジーの物語の一つのパターンとして、子どもたちも認識しているようです。
この【夢】の章では、もちろんといった感じで「夏の夜の夢」を取上げています。
「真夏の夜の夢」は、三つの世界が展開し交差する話。
一つは貴族の若い恋人たちの三角関係ならぬ四角関係からの、駆け落ちの、森で迷いの…の恋愛騒動。
二つ目は、町の職人たちの話。この土地のシーシュース公爵様とアマゾン国(南米の密林じゃないですよ)のヒポリタ女王が結婚する。その結婚式に職人たちが余興をご覧に入れようと芝居の稽古をするのだが、みな演技などしたこともなければ、もともと知恵の足りない者たちなので、それはもうコントじゃん…という話。
三つ目は、森の妖精たちの王と王妃の不仲による異界のドタバタ劇。ここにあの有名な妖精パックが登場して、若者たちの恋の行方も職人たちの芝居の稽古もさらに混乱していく。
とにかく恋愛や結婚の話が続く。
公爵の結婚式は間近。若者たちは四角関係。職人たちが演じる芝居も「ピラマスとシスビーの恋の爆笑悲劇」といった趣。森の妖精たちの世界では王と王妃の仲違い。
まあ、それもこれも物語の最後には解決に向かう。
というわけで、この話は何を扱っているかという「主題」は「恋」ということでしょう。
それらすべての恋が、公爵の結婚式という祝祭の時間に向かって進んでいく。そして結婚式が、タイムリミットとして機能している。これは一つの仕掛けして考えていいんじゃないだろうか。
それから、妖精パックの魔法によって人間たちの感性や認知が大きく変わる。この「魔法」も、仕掛けかな。
妖精や魔法を可能にする「夜の森」という舞台設定も、大きな仕掛けだね。
それからそれから、この作品は職人たちによる「劇中劇」という構造を含んでいる。
この「劇中劇」などは、「恋」をテーマに物語を進めてみるか…という発想では、あまり出てこない気がします。はっきりいって演じられる劇は非常にナンセンスなもので、これなくてもいいじゃんとすら思える。
でも、喜志先生によると。
と、安全と思われた観客の存在をゆさぶる戯曲の構造と捉えるわけですね。
仕掛けが、《主題と渾然一体となって全編にみなぎり渡る舞台上の知恵ある仕掛け。そのことによって観客に新しい体験をさせる手段》となっていませんかね。
どんなもんでしょう。
最後に、タイトルにもなっている「夢」については。
「夏の夜の夢」という戯曲が、仕掛けだらけに思えてきました。
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