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台湾の防衛構想




門間 理良(拓殖大学 海外事情研究所教授)


はじめに
 習近平は政権を掌握(総書記・国家主席・中央軍事委員会主席への就任)してからというもの、軍改革を強力に推し進めてきた。第二砲兵のロケット軍への昇格、サイバーや宇宙を担当する戦略支援部隊と統合的な後方支援任務を遂行する聯勤保障部隊の新編、七大軍区の五大戦区への改編、四総部(総参謀部・総政治部・総後勤部・総装備部)の解体と中央軍事委員会直轄の15部門制への改編による中央軍事委員会の指導力強化、陸軍指導機構の新編による陸軍の突出した地位からの格下げ、人民武装警察部隊の中央軍事委員会による一元的指導への転換、海警の武警隷下への配置換えなど、様々な措置を実行している。
 また、習近平政権は空母の自国建造を積極的に進めるほか、大型強襲揚陸艦や、大型輸送機、空中給油機、空母から艦上カタパルトで発艦可能な早期警戒機、対艦弾道ミサイル、ドローンなど各種武器の開発と配備にも力を入れている。
 このように習近平が軍改革に邁進しているのは、「世界一流の軍隊」の建設と台湾統一という夢の実現のためである。強力な経済力と武力とを背景にして台湾住民に無力感を与え、統一のための交渉のテーブルにつかせるという「戦わずして勝つ」戦略を実現するために、「戦って勝てる」強力な中国人民解放軍の建設に余念がないのである。改革開放を推し進めた鄧小平を超えて、中華人民共和国を建国した毛沢東に並び立つ存在に自分を引き上げたい習近平としては、台湾統一は絶対に成し遂げたい悲願になっていると考えられる。
 台湾はこのような中国に対抗し、台湾海峡をめぐって事実上二つの政治実体が対峙する現状を維持し続けることを国家目標としている。この国家目標を実現するべく、台湾がとっている防衛構想を国家戦略(政略)、軍事戦略、作戦という各レベルの順に考察していくことが本稿を執筆した目的である。

国家戦略から見た防衛構想
 台湾は徴兵制復活による現役兵力の拡充を決定した。台湾では徴兵制を廃止して2019年から完全志願兵制を実施し、学生に対する16週間の軍事訓練を課すだけに変更していた。しかし、中国軍の軍事的圧力に抗して2024年から1年間の兵役に務めるよう改めた。この措置により台湾軍の現役軍人の数が増加するが、台湾を自ら防衛するという意志を内外に示すことで、外国からの支援を得られやすくする狙いもあると思われる。
 馬英九政権は国防予算をほとんど増額させず、約3500億台湾元で横ばい状態であった。これは中国を刺激したくないという考えからであったが、蔡英文政権は2018年から国防費の増額を実行中である。2023年の国防費は総額5863億台湾元で、2022年に比べて13.9%増加している。
 全民国防体制の意識薫陶にも力を入れている。台湾ではミサイル攻撃や空爆に対応した民衆の避難訓練「万安防空演習」を毎年実施している。2023年6月に公開された最新の「全民国防対応手引書」はこれまでの約2倍の47ページとなっている。
 台湾の防衛にとって最も重要な基礎は、米国との良好な関係の維持である。蔡英文政権は台湾海峡の安定的維持を求めていることを世界に向けてアピールし、米国政府も台湾を支持している。総統選挙に民進党から出馬する頼清徳副総統も蔡英文路線の踏襲を公約している。独立に舵を切らないことを台湾有権者や米国に宣言しているわけである。クラック国務次官やアザー厚生長官という米国政府高官の訪台、25年ぶりとなった米下院議長の訪台や、台湾支援を目的とした各種法律の制定などからもわかるように、蔡英文政権に対する支持は政府・議会を問わず明確である。米国から台湾への武器売却は、台湾側の必要に応じて必要な時に提示し、協議に基づき決定されるが、2017年には戦車や戦闘機といった主力兵器の売却が実現している。
 近年では中国の戦狼外交の激化に伴って、中国と欧州との関係が悪化するのに反比例して、台湾は欧州各国との関係強化にも成功している。特にリトアニアやチェコとの関係強化は著しい。欧州各国の大臣や国会議員の訪台も増えている。また、訪台する日本の国会議員にも蔡英文総統が表敬受けするなど手厚い対応が目に付く。2023年8月には1972年9月断交直前に椎名悦三郎副総裁が総理大臣特使以降初となる麻生太郎副総裁の訪台が実現した。安倍晋三元総理の死去に伴う頼清徳副総統の私的来日(2022年)のほか、2023年には行政院副院長としては29年ぶりとなる鄭文燦行政院副院長の来日も記憶に新しい。

軍事戦略から見た防衛構想
 次に軍事戦略レベルでの台湾防衛構想について分析する。馬英九政権は「防衛固守、有効抑止」を採用し、上陸してくる中国軍を台湾周辺で迎え撃つことを基本としていた。これを蔡英文政権は「防衛固守、重層抑止」に変更し、多層的な防衛態勢により、中国の侵攻を可能な限り遠方で阻止することを目指している。また、予備役改革にも着手し、2022年1月から国防部内の全民防衛動員室を全民防衛動員署に格上げし、同署の隷下に予備指揮部を置く組織改編を行った。長射程巡航ミサイルの開発と配備も進めている。また、国防予算や人的資源では中国に到底及ばないことから、非対称戦力の強化も行っている。対艦ミサイルを搭載した沱江級ミサイル艇は中国海軍大型艦の撃沈を狙っている。水上艦艇に対して圧倒的な力を持つ潜水艦の自力建造にも台湾は着手している。現在は通常動力型潜水艦のプロトタイプを建造中で、最終的に8隻建造することを目標としている。なお、潜水艦の建造にあたっては欧米企業の秘密裏の協力を得ていることは確かである。防空能力の強化に向けて、天弓3型防空ミサイルの生産配備を進めるほか、ペトリオット防空システムを順次アップグレードしている。現在は、射程距離と高度を延ばして守備範囲を広げることができるMSE弾の購入を決めている。
 米軍との連携は極めて重要な事項である。中国軍に侵攻された場合、台湾軍単独では攻撃に抗しえないのは、米国のシンクタンクCSISが2023年1月に公表したシミュレーション結果などからも容易に予想がつくところである。現実としては、台湾軍が持ちこたえている間に米軍が援軍に駆けつけることを、台湾は期待している。近年では米軍の教官が台湾本島で台湾陸軍特殊部隊や海軍陸戦隊に対して戦術・戦闘指導をしたり、米国州兵が台湾軍と訓練したりしているとの報道がある。これまでの米国の慎重な対応を思えば、この程度でも長足の進歩であり、関係の深化と評価することができる。ただし、これは共同演習に類するものではないので、米台両軍が効率的に中国軍に対抗できるかについては期待できない。米台の軍同士でそのような難しい条件下でどのように各自が戦うかに関して調整している可能性はあるものの、たとえしていたとしても実際に共同訓練を普段からしておかなければ、あまり近い海空域で中国軍相手に戦闘すると、戦場の混乱の中で同士討ちの危険性もあると考えられる。

作戦レベルから見た防衛構想
 作戦レベルでは、台湾軍が行う年次演習で最大規模の漢光演習を例にして分析する。漢光演習は2023年で39回を迎えた。同演習は中国軍の台湾本島侵攻作戦への対処を目的としている。中国軍が立案している台湾侵攻作戦については、2023年4月8日から10日にかけて中国軍東部戦区が実施した「聯合利剣」が参考になる。同演習は8日には、参加部隊が全方位から台湾を囲む威嚇・制圧の態勢を作り上げたと説明した。続く9日には、複数の軍種による台湾及びその周辺に対する模擬統合精密攻撃訓練の実施等を発表した。最終日の10日には、統合封鎖及び情報・火力打撃の模擬的な実施や空母「山東」の演習への参加を発表した。
 中国の台湾侵攻作戦に対抗するための漢光演習は、今年7月24日から昼夜連続5日間で実施された。同演習は、中国軍が制空権・制海権・制電事権の奪取を試みて、着上陸作戦を実行するというシナリオを立てた。そのうえで、演習を「緊急対応、総合防空」、「統合迎撃作戦」、「統合国土防衛作戦」の3つのフェーズに分けて実施した。
 初日は「緊急対応、総合防空」は戦力保存が最優先され、台湾本島西部に配備した軍用機と物資の東部への緊急退避、軍港に停泊していた艦艇の緊急出港などが行われた。
 2日目は台東県に所在する民用の豊年空港を利用した軍用機の離着陸訓練を実施して、戦時利用に関する検証を実施した。台湾は面積(九州よりやや狭い3万6000㎢)に比して、民間空港(飛行場)は比較的多く、中国側に面した離島の空港(金門・北竿・南竿・澎湖)を除いて、計15か所ある。空軍基地は真っ先に弾道ミサイルに狙われる可能性があるため、利用できる民間空港を把握し、軍用機の離着陸と整備、補給ができるかどうかを実地に検証することは重要である。また、同日には全台湾で防空能力の検証も実施した。
 3日目は、海上及び空からの中国軍の着上陸作戦への対抗演習を実施した。特に今年は同演習で初めて、民間機の離着陸を一時止めて桃園国際空港における対エアボン演習を実施したことが注目された。台湾国防部も首都近郊の大空港が狙われる可能性を強く意識していることがわかる。また、台北駅・金門大橋・液化天然ガス工場など重要インフラの守備が重視され、それに適した訓練が行われた。台北駅での訓練は人質が取られ、爆発物も駅に仕掛けられたという前提で台湾軍が消防や警察と連携して対処するというものだった。これも中国軍の特殊部隊の首都侵入を想定した訓練と言える。
 4日目と5日目は統合国土防衛作戦の演習だった。桃園市以北の台湾本島西部に位置する沿岸地区一帯にある中国軍の進撃予想経路での対侵攻演習を実施した。首都防衛や政府要人の護衛を担当するのは主として憲兵部隊だが、斬首作戦への対抗などの観点から兵力を現在の5000人から1万人に倍増させる計画もあると報じられている。憲兵部隊は過去には軍の兵力削減計画の中で、さらに縮小する可能性も論じられていた。そこからの方針転換から、中国軍の軍事力の増強とともに、首都急襲や斬首作戦が実行される可能性を台湾軍が感じて対抗措置を講じることを検討していることがわかるのである。

おわりに
 台湾は国家戦略(政略)、軍事戦略、作戦の各レベルにおいて、中国と中国軍の動向を把握しながら、自らの生存のための最適解を選択する努力を行っていることがわかった。だが、台湾有事を対岸の火事とするわけにはいかないことを、日本国民も理解し始めている。台湾有事ともなれば日本政府が「存立危機事態」あるいは「武力攻撃事態」を閣議決定し、国会の承認を経て自衛隊が動く可能性も十分に予想されるところであるため、台湾の防衛シナリオについては、日本側も平時から深く研究し、台湾や米国との間で緊密に連携しておくことが求められる。防衛研究所と国防安全研究院や国防大学中共軍事事務研究所といった学術交流だけでなく、防衛大学校と台湾軍各士官学校の交流、防衛研究所一般課程研修生(1佐、2佐クラスの自衛官や他官庁官僚等)と台湾の国防大学学生との交流、自衛隊幹部学校研修生(3佐クラス)と国防大学指揮参謀学院研修生との交流や、留学生交換などを通じた交流を実施することは、防衛省・自衛隊と国防部・台湾軍との意思疎通を円滑にする基礎となる。さらに、軍事情報機関同士の定期的な情報交換、作戦レベルの将官級・佐官級による意思疎通は大変重要であり、これをしっかり行える体制を構築することは喫緊の課題とも言える。