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へんなオジサン、困った若者、ティーンエイジャー(ドイツ) <旅日記第47回 Nov.1995>

 ヨーロッパで美しいのはアルプスの山々や湖沼、羊が放牧されている田園風景、教会や修道院などの歴史的建造物や町並み、それに人々の微笑みや親切。けれど、不快というか戸惑う経験はまれにあった。
 

 木枯らしが冷たかったベルリンの街角。銀行のまわりにティーン・エイジャーたちがたむろしていた。入口でキャッシュ・カードをシュッと差し込まないとドアは開かないが、開けると同時に少年たちがなだれ込んできた。暖房の効いているキャッシュコーナーで暖をとりたいだけのようだったが、セキュリティ上、戸惑った。

 ベルリンの街の一杯飲み屋みたいなカウンターで向かい合わせになった、身なりはいいがちょっとヘンなオジサンが、わたしに向かって、いわゆる、「ハイル ヒトラー」(指導者、万歳!)のようなポーズで右手を挙げてきた。

 「おい、おい、よしてくれ」。

 ドイツ人と日本人だからと、そんなことでは握手できんよ。相手に悪気はなさそうなのだけれど、これには曖昧な笑顔を見せられない。

 イギリスでは、きちっとしたスーツ姿の30代ぐらいの男二人が正面から歩いてきて、わたしの目の前で背中を向けたかと思うと、「せい、の」という感じで、ほんとうに“ケツまくり”をしてお尻をわたしに突き出してきた。

 これは、たんなる、酔った勢いのアホさ加減を示すゲームのようで、人種的な嫌がらせでもセクシュアルなことででもなさそうだった。そのノリは、かれらの明るい笑顔からわかったので、こちらも笑ってやりすごした。

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 一度だけ、明らかに人種的な侮蔑を受けたことがあった。

 ケルンの駅周辺。次の行き先であったローマへ向かう夜行列車に乗るまでめちゃくちゃ時間があったので、昼間からぶらぶらと何度か同じところを行き来してしまった。道路に座り込んでいる若者の3人組。大声で話している様子はたんなる酔っぱらいではなさそうで、嫌な感じ。薬物による影響でないだろうか。

 わたしがその前を通ったときのことだ。

 目線の定まらない真ん中の男が、「キー、キー」と猿のような鳴き声をあげて、手で猿の真似をした。

 アホなことをするなあ、それとも、わたしをからかっているのかと思った。が、もう一度通ったとき、同じことをしてきたので明らかな意図を感じたのでにらみ返した。

 わたしを「モンキー」扱いしたのだと確信した。人が人を侮蔑するとき、弱い者はより弱い者に攻撃の刃を向ける。黄色人種であるがゆえか東洋人であるがゆえかはわからないが、不当な目に遭うと悔しい。

 しかし、基本はどこにあっても、コミュニケーションは生まれる。だから、この旅日記の連載は成り立つ。まだ続く旅の先で起きたことを紹介するとネタ切れになってしまうが、こんなこともあった。

 パリのユースホステルの部屋(ベッドがたくさんあってだれが相部屋になるかわからない)でのこと。韓国人の青年が風邪気味だけど薬がないというので、一服渡した。

 次の朝、二段ベッドの上で寝ていると、その韓国人と中国人の間の英語による会話が聞こえてきた。

「風邪はどうだ?」

「薬を飲んだから、よくなった気がする。その日本人がくれたんだ」。

 旅のあいだ、ほとんどこちらが人の好意や親切に感謝をすることが多いが、たまには人から感謝される立場に回るのもうれしい。

 話をもとに戻すと、ドイツの旅はあまり芳しくはなかった。通りいっぺん、なぞっただけに終わった。国が大きいし、寒い季節に入った。

 暖かいところへ逃れるため、ミラノ経由でローマに行こうと夜行列車に乗る予定だが、ケルンを出るのは午後9時5分だ。

 ケルンでしたいことはもうなかったけれど、朝から晩まで長すぎる時間つぶしをしなければならなかった。その間に先に触れた不愉快な出来事もあった。列車に乗るまでに疲れてしまった。暗くなってからは駅のコンコースで待った。

 ミラノへ着いても、ローマ行きへの乗り換えが翌日の午前11時38分。めっちゃ疲れそう。

 ようやく乗った列車。しかし、この便にはゆったりとふわっとした一等席車両(3か月間、一等席車両乗り放題のユーレール・パスを持っていた)はなく、リクライニングのない硬いシートの二等席車両だ。二人掛けの席も狭く、足もとに荷物を置かなければならない。

 隣に白人の若者が乗った。一晩隣同士でご一緒する。夜中、国境を越えるのだろう。大きなシェパード犬を連れた検査官が歩いてきた。

 麻薬犬だろう。隣の若者から何かを感じ取った反応をしたらしく、かれは取り調べに連行されたまま戻ることはなかった。

             (1995年11月10日〜13日)

 てらこや新聞131号 2016年 04月 25日

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