実家に帰省し、知った現実。


こんにちは、私はテラノと言います。


今までの人生、いろんなことがありましたがここ最近で私の人生が大きく動き出したので、ここで語っていきたいと思います。

老老介護とは、高齢者の介護を高齢者が行うことです。主に65歳以上の高齢の夫婦や親子、兄弟などのどちらかが介護者であり、もう一方が介護される側となるケースを指します。認認介護も同様に、高齢の認知症患者の介護を認知症である高齢の家族が行うことです。


認知症の母、それを介護する父と2年ぶりに会った。

私は現在離れた場所で私、妻、子供の3人家族
で暮らしている。

父母は高齢で、母は認知症を患っており、父が介護をしている。

新型コロナウイルスの影響で、人の往来が制限されていたなかで、実家に帰ることがなかなかできなかった、というのはひとつの理由だが、

母がどのような状態なのか、病気は悪化しているのか、正直知るのも怖かった。

2年前に実家で会った母は、言葉数こそ少なかったものの、元気に歩いていた。食事をし、自分の足でトイレにも言っていた。不安はあったのものの

「なんとかこのままの状態で言ってくれればいいね」と父と話していた。


私はいつも電話で「なんとかやっているよ」と言ってくれた父の言葉を鵜呑みにして、楽観視していた。

昼間は良かった。孫の顔を見せるために妻と実家にいった。

父は孫の名前を呼び、喜んでいた。母もわからないながらに笑っていた。

久しぶりにあった母はギリギリ歩ける程度で、パーキンソン病の疑いもあるらしい。まだ要介護1の認定らしく、これから更新されるかもと聞いた。

妻と息子はホテルに泊まり、私が実家に泊まった夜、父は私に「トイレが大変でなぁ」と言っていた。実際にその様子を見た時、ショックだった。

介護に慣れているヘルパーさんなどが見れば普通の光景なのかもしれない。

でも私は、そのような経験もなかった。

私は「何か手伝えることある?」と聞いてはいたが、何をしていいかわからず、トイレから帰ってきた母のズボンを一緒になって履かせてあげることしか出来なかった。

自分の意思で身体を動かせない母に、ズボンを履かせるのは大変だった。

これが大便だったらどうなんだろう、いつも自分の子供のオムツを変える感覚とはまったく違う。

色んなことを考えたのだが、頭が整理しきれず、その時は帰っている間は何かできる限りのことをしたいと思った。

つづく

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