【LOST IN TRANSLATION】スタートでもゴールでもないI love you/新宿
不夜城 SLEEPLESS TOWN(1998)に出てくるその街は、種田陽平氏の卓越したセンスによって実際の新宿以上に不気味に、妖しい魅力を放つ。
まだ都庁へ向かう地下通路にダンボール街が残っていた最後の時代。
1998年2月以前の新宿だ。
ほぼ同じ時代、DEAD OR ALIVE 犯罪者(1999) の中の新宿では大型バイクにノーヘルで現れた武内力が大胆にも公衆の面前でタクシーの後部座席にむけてショットガンを撃ち込む。
それから10年が過ぎても、靖国通りの信号を渡るとき、大ガードをくぐるとき、街を覆う空気が大きく変わる事を肌で感じられた。
その街の中に僕らはいた。
さらに10年、外国人観光客とそれにむけたクリーンな店が増え、コマ劇跡地にゴジラが現れても本質的な気配はやはりあの頃のままだ。
もう当時の仲間たちは居ないが、きっと同じようなことをしている若者たちが、今日もあの灯りの下にいるのだろう。
オレンジライトとネオン看板に彩られ、酒、金、女、もちろんそれ以外も取り扱うアジア最大の歓楽街。
街中での銃撃戦にはついぞ遭遇することは無かったが、ほんの数ヶ月前にはやくざがスカウト狩りをしていた。
当時も人づてに似たような話を聞くことはあったが、街中の人がカメラを持ち歩いてくれているおかげでそれらが現実であることを簡単に「目撃」することが出来る。
経験上、歌舞伎町は明らかにリスキーな街だ。
僕がいた00~10年代でも、自分が巻き込まれる巻き込まれないに関らず暴力、恐喝、ぼったくり、裏ビデオ屋を名乗る男、殺人、なんでもありだった。別に裏社会の事情通というわけでもないのでそれらについて詳しく語ることは出来ないのだけど。
むしろその妖しさにこそ価値があって、日本人も外国人も吸い込まれるように次々とゲートをくぐってゆく。
ようこそ、ノワール映画専門の体験型ユニバーサルスタジオジャパンへ。
歌舞伎町のみならず、花園神社での酉の市。ゴールデン街をはしごした夜。ビルの屋上のアジア系。
ファストフードチェーン店という安全地帯。あるいは避難所。
信頼できる知人からの噂だけが頼りの破滅型マインスイーパ。
いいところは、爆発したところでせいぜい殴られるか金を失うかというくらいということだろう。
僕達が傍観者でいる限り。
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対して、西口高層ビル街の夜は虚無と不安とロマンティックさが支配する。一通り体内のサラリーマンとOL達を吐き出しきったビルたちは上階の飲食店を除いて灯を落とし翌日に向けて短い休息に入る。
昼間より走りやすくなった甲州街道はバスとタクシーと高級車が回遊し
影となる公園では地下通路を追い出されたホームレス達が寝床を構える。
東口に比べ明らかに間隔の広い、そして安全性の高い飲食店たちは、健全な人間たちの日常のフラストレーションを現金に換え、翌日の燃料を仕入れる。
綺麗に整備された路駐の少ない都庁周辺の道路を歩けば、気分はさながらシティポップのカラオケ映像で、探偵ならきっとクサい独白と共に煙草に火をつけ、車に乗って走り出すだろう。
主人公は女かもしれないし、実際にそんな女性を何人かは知っている。
ロスト・イン・トランスレーション(2003)の中の新宿は安全だ。
ヤクザも殺し屋もいない世界。
パークハイアット東京、京プラ前からヨドバシカメラのある西口の街並み。窓から見渡す「TOKYO」には統計上1000万人以上もの人がいるはずなのにあまりにも強烈に感じる孤独。
あの汚くて美しい人混みの中で、主人公がスカーレットヨハンソンに最後に語りかけた言葉はやはりI love youだったと信じている。
たとえ二人の関係に未来がなくても、それを友情という安易な言葉で片づけさせられてしまうほど世界はシンプルではなかったはず。スタートでもゴールでもないその言葉。
どちらの新宿もまた、確かにリアルに存在していたことを僕は知っている。
あのタフで賑やかでロマンティックな街は、次の10年も人々の人生を鮮やかな照明で彩る。
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