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第64話 都市伝説『縁切り』(BJ・お題「別れ」)


弁護士さんというのは面倒事に巻き込まれた人を助けてくれ、頼れる存在です。たとえ犯罪者であっても手を差し伸べてくれます。何を助けてくれるかというと、財産や権利を守ってくれる、ということですね。専門知識も必要ですので、弁護士さんしか解決してはいけない、と定められている類の問題もあります。

最近、弁護士さんへの相談の中でも多いのが、借金返済についてのものです。いっときは電車に乗りますと、必ずどこかの車両に債務整理の広告がありました。


ある大手弁護士事務所の、債務担当の部署に、原市さん(仮名)という男性がいました。見るからに顔がーーと言っては悪いのですがーー弁護士ではありません。それもそのはず、ただの事務職です。ただ、弁護士事務所の雑多な仕事をする中で、将来、司法書士にでもなろうかな、などと思うようにもなりました。

でも司法書士になるとしても勉強量はかなりのものですし、原市さんはかなり甘く考えていたかとは思われますが。

彼が弁護士事務所で重宝されていたのには理由がありまして、それは、闇金業者とのやりとりに慣れていたということです。勤めた初日の朝、暴力団員から電話がかかってきていて新米の女性弁護士がおろおろしていたのを見て、「俺が出る」とさっさと電話を代わり、対応しました。

原市さん、実は闇金の仕事をしたことがあったんですね。だからそういう電話にはそんなに抵抗はありませんでした。弁護士先生から「法律の話は僕に一切任せてね。少しでも間違ったことを言ったら、後で揚げ足を取られるから」という注意のもと、その後も面倒な相手には彼が駆り出されました。ずいぶん荒っぽいやり取りもあり、それをこなすと、さらに度胸と自信がついていったようでした。


お正月、原市さんの親戚一同が彼の実家に集まっていたところ、甥にあたる三津夏男(仮名)さんという若い会社員が、法律事務所で働いている原市さんに相談があると言ってきました。サラ金の返済でどうにもならなくなっている、というのです。詳しく聞くと、学生ローンに加えて、サラ金からの借り入れがあることが分かりました。

多重債務をするというのは、真面目な人に多いらしいですね。期日を守って返そうとするから、よそで借りるわけです。ただ、そのせいで却って苦しいことになり、最後は首が回らなくなります。原市さんは、これも多重債務の一種だな、と判断しました。

多重債務をセオリー通りに解決すれば、まず借り入れ先を1つにまとめるらしいんですね。そこで、借り入れ先とその金額を聞きました。

原市さんはサラ金業者が、法律で定めるのを超えた金利で貸していることにすぐ気づきました。過払い金を雑に計算し、いくらか取り返せる額もあるかもしれないと言いました。ですがそれはわずかなので、親戚はその業者には、もう関わりさえしなければいい、と望みました。

それで借金の揉め事を、原市さんが電話で三津さんの代わりにしてしまったらしいんですね。

弁護士じゃないのにそういうことをするのはちょっとグレーなことらしいのです。でも、これなら電話一本で自分でも解決できるや、と原市さんは考えてしまったんですね。なんせ電話には慣れています。身内が代わりに交渉をするだけだ、と原市さんも開き直ります。開き直るどころか「○○弁護士事務所の原市です」なんて言っちゃって。まあ嘘じゃありませんけれど。

原市さんはその場で業者に「もう支払いはしません」と宣言しました。


彼は三津さんとそのお父さんであるお兄さんに感謝されました。親戚一同にもすごいすごいと言われます。「お前は素行不良だと思っていたが、弁護士になって人のために働くとは」と、おじいちゃんもよく分かっていないので言います。「弁護士事務所で働いている」って言うから、法学部も出ていないのに弁護士だと思ったらしいんです。原市さんのほうもすっかり法律家気分で「もう法定利息を超えた借金は手を出さないでね。あ、みんなもなんかあったら相談してね」なんて言っていました。


さて、正月休みが明けて事務所の新年会の席で、弁護士の先生に、「親戚が学生ローンとサラ金で苦労していましてね」と話す機会がありました。

「ああ、タチが悪いローンがあるね」と先生が言いました。

「そうっすよね」原市さんはサラ金の話だと思っています。

「日本の奨学金って、奨学金じゃないから」

「ええーっと・・ええ?」

原市さんはなにか話が噛み合わないような気がしました。みなさん、分かりますか?
先生が「学生ローンってのはブラックだよ」と言ったので、原市先生は
「へ、そっち?」とやっと気づきました。

先生がその場でパソコンで資料を見せてくれ、原市さんは驚きました。

学生ローンの返済ができずに苦しむ人が多いというのです。支払いが遅れると、延滞金もあります。奨学金という名前がついているからといって少しも甘くはありません。3ヶ月の滞納で見事にブラックリストに載ります。そうなると、社会的に大きな影響があります。

親戚にとって問題であったのは、学生ローンであったんです。サラ金もたしかに問題でしたが、そちらの過払い金に目を奪われて、もっと重要なものを見逃していたのです。

「だから学生ローンが大変な場合は、カードローンをしてそっちを分割で払っていくようにするんだよね」

なんと、債務をまとめるという原則は、ここでは当てはまらないのでした。


原市さんは青くなりました。

その後原市さんは、また勝手に、三津さんに自己破産を勧めました。それもまた悪手でした。自己破産をしても借金がただ消えるのではなく、ちゃんと連帯保証人に請求が回ってくるのです。三津さんは信用を失った上に、家族に借金が残ってしまったのです。

三津さんは、いろいろあってその後自殺しました。

原市さんもしばらくして、弁護士事務所をやめたそうで、今どうしているかは不明です。

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