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俺の家の話

※2021年3月3日に配信したメールマガジンに掲載したテキストです

実家に身を寄せて一年になる。

家を出て10年以上が経って、一時期は勘当されたことさえあったのに、東京の片隅にある実家にまた戻ってくるとは想像もしてなかった。

4年前にもらい火で実家が半焼してからようやく建て直した実家には自分の部屋はさすがに用意されていなかったので、ダイニングの隣のリビングみたいなところに居候させてもらってる。

この春には出ていくことになっていて、もうこんな機会は二度とないだろうから今のうちに自分ができることはなるべくやってあげた。

リモートワークに突入した時期だったのでPC嫌いの父の代わりにZoomやTeamsのセッティングに機材の購入にやり方の伝授をしたり、母の買い物の手間を減らすためAmazon定期おトク便を契約したり、産地直送で鮮度の高い食材を購入できる「ポケットマルシェ」を登録して注文してみたり、「愛の不時着」っていう韓国ドラマが見たいと言うからNetflixを導入したり。

最初のうちはしょっちゅう質問責めにあったが、一年かけてそれぞれすっかり使い慣れたようで、今では特に質問されることもなくなった。

昨日の朝、久しぶりに父が質問してきた。
電子書籍っていうのはどうやって読めばいいんだ。

実家が焼けた時、何よりショックだったのは、家中の本という本がぐちゃぐちゃになって庭に積み上げられてる光景を見た時だった。

燃えて火の勢いを増す危険があるからと放り出された本たちはすでに焼けていたり消化活動で水浸しになっていたりして、到底元どおりにするのは無理そうだった。あまりに無残だった。

徐々に電子書籍も使い始めていた自分が紙の本をほぼ一切購入しなくなり完全に電子書籍派に傾いたのは、間違いなくあの出来事がきっかけだった。

そんなことがあってさえ紙の本にこだわり続けた父がついに電子書籍に手を出そうとしていることに驚いたし感慨深くすらあった。

タブレットだけ持って本を読みに出かける息子の姿に影響されたのかもしれない。

電子書籍で読みたいというタイトルをKindleで購入する方法を教え、PCブラウザやスマホで読めるようにした。雑誌なんかは紙でとっとく必要ないからなと言うので、「Prime Reading」っていうAmazonプライム会員だと一部の雑誌も読み放題だと教えた。

ちょうどその日の夜、母が新作だと言って、料亭で出てきそうな料理を出してくれた。ウマかった。料理番組かなんかで見て挑戦してみたんだと。

たしかそろそろ70歳近い初老の男女でも、新しいことに挑戦できるんだという素朴な感動があった。

才能とかモチベーションが枯れていくってことはある。作品を通して明らかにエネルギーが落ちてきてることがひしひし伝わってくる作家や監督の顔なら何人も思い浮かべられる。けどその逆に、年老いてなお自分のベストを更新していく人もいる。

別にミドルクライシスがどうとか超高齢化社会がなんとかってことじゃなくて、生物は生きてさえいれば必ず進歩できるんだということを改めて思うなどした一日だった。

新見直

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KAI-YOU Premium Chief Editor
1987年生まれ。サブスクリプション型ポップカルチャーメディア「KAI-YOU Premium」編集長/株式会社カイユウ取締役副社長。
ポップリサーチャーとして、アニメ、マンガ、音楽、ネットカルチャーを中心に、雑誌編集からイベントの企画・運営など「メディア」を横断しながらポップを探求中。

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