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ペットボトルの緑茶@Hokkaido

自動ドアが開く。どんよりいつもの曇り空。海沿いのこの街は、霧が多く夏も涼しい。教室の誰より早くビルを出た。長期休暇の講習会にしか参加しない私には、どうせ知り合いもいない。正面から少し離れたところに、見慣れたグレーの車が停まっている。さっと乗り込んだそれは、親の車ではない。

海沿いの国道を走る。助手席には座れない。この辺りの海は、沖に出ると突然深くなる地形だそうで、全面遊泳禁止だった。そのうち車は左に折れ、海へ続く砂地に入って停まった。泳げない海とはいえ、私も小さい頃はテトラポットを登ったり、ごく浅いところで足をつけるくらいはしたし、釣りをしにくる人もいるけれど、夏だというのにほとんど人影はなかった。

ドアを開き、助手席に座る。シートを寝そべるくらいまで倒す。曇天でも太陽がちょうど目の前に来ているようで、そこだけ白く丸い光の輪があった。少し目がちかちかしたが、レバーの位置は見なくても分かる。毎日のようにやっていれば慣れた。運転席に座る人は、とっくにシートを倒していたようだった。シートとシートの間にあるドリンクホルダーに、ペットボトルがささっている。開いている炭酸と、未開封の緑茶。目線で促されたので、緑茶の蓋をひねった。寝たまま飲もうとすると、喉にお茶が引っかかる。頭だけを持ち上げ、首を立てて慎重に飲んだ。冷たさが喉から胃に落ちていく。ペットボトルは汗をかいていた。

濡れた手を持て余していたら、ふいに、右手をつかまれた。ぐいっと引っ張られて太ももに着地する。自分のではない、彼のだ。反射的に手のひらを上に向けた。服が濡れる。これ幸いとばかりに、彼の手のひらが押し付けられて、握り込まれた。指が曲がる。手のひらと手のひらの間の水があっという間にぬるくなる。

車の時計を見た。15:36。
細く息を吐いた。潮の匂いが鼻から入ってくる。私が乗っているはずのバスが、降りるバス停に着くまであと、40分。


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