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ブレンドコーヒー@Tokyo

どうしたの、顔真っ青だよ……
駆け寄った友人は、私の手をぎゅっと握ってくれた。椅子から立ち上がった私は、人目もはばからず彼女の肩にすがりついた。平日昼間、オフィス街のカフェの店内は賑わっている。テーブルが小刻みに震えて、コーヒーカップがカタカタと小さく音を立てている。それは私の体が震えているからだと気付くのに、しばらくかかった。

肩にかけたバッグの紐を持ち直す。皆が同じ色、同じ形、同じ髪型。奇妙な集団。私もその群れの一人だった。先にエレベーターへ乗り込んだ同じ群れの奴らが、次々にこちらを振り返る。
そのなかの一人が振り返る。なぜかそいつだかがスローモーションのように見えた。その、顔は、…………右足がガクンと揺れたのは、パンプスを下ろしたてだったからではない。
そいつが、高2の時、私を振った元彼氏だったらからだ。

なんでここに。
風の噂で東北の大学へ進学したと聞いた。ここは東京のど真ん中。弁護士になるんじゃなかったっけ?エレベーターはずんずん最上階を目指している。私の血の気は引いていく。背中に全ての神経が集中しているようだった。人違いかな?いや、でもあの顔は…私は「彼」が大好きだったのだ。今となっては悔しいが。振られても、卒業するまで引きずっていたくらいだ。「勉強と部活に集中したいから別れたい」、そう言った「彼」は、その半年後に女子テニス部の部長と付き合い出した。気持ちがなくなったのなら、そう言ってくれればよかったのに。振られたことに輪をかけて、好きな人に嘘をつかれたことが、ショックだった。

チン、と音を立ててエレベーターが止まった。古めかしくゴテゴテした飾りのついた時計の下に、面接会場はこちら、の文字。遠くで賑やかな声がする。…待て、今日は一次面接で、グループ面談だと聞いている。もし、同じグループだったら?エレベーターを降りた集団は、同じ方向へぞろぞろ向かう。後方に位置どり、奴の背中を確認する。高校の制服は黒の学ラン。今は黒のリクルートスーツ。襟の形は違えど、似ている。何度も抱きついたあの背中を間違えるとは思えなかった。

そうこうしていると、受付と会場に着いていた。7人ほど前に奴が並んでいる。あと二人、あと一人……。馬鹿でかい声で告げられた名前は、まさしく奴の苗字だった。そうある名前ではない。そうだ、「彼」はやたら声がでかくて、隣のクラスなのによく声が聞こえるものだから、振られた後も切なかったのだ。

幸い、同じグループではなかったものの、何を話したか全然覚えていない。準備した内容はあったはずだが、全部吹き飛んだので、その場で話を作った。
あちらは、私に気付いたのだろうか?絶対に、目が合った。あの頃、「彼」は私にとって誰よりカッコいい人だったが、今日見たアイツは、全くカッコいいと思えなかったことに驚いた。だから始めはよく似た他人か?と希望を持った。残念ながら、同一人物だったけど。

同じエレベーターではなかったものの、一階のロビーで見かけてしまった。その姿を見た瞬間、足の裏から頭に向かって一本の錆びた鉄槍に貫かれたような痛みが走った。

足が震えだす。胸元にを手を置き、強く抑える。もう私は高校生ではない。それなのに、膝丈のタイトスカートがプリーツスカートに、二つボタンのジャケットが、黒地に黒い二本線のセーラーになっていく。黒いナイロンバッグが指定鞄になる前に、携帯を取り出す。大丈夫、まだあの白い二つ折り携帯じゃない。このスマートフォンに「彼」とのメールは残っていない。連絡先だって、消したんだから。
真っ白になっていく頭から、大学の友人の名前を必死に引き出す。「通話」を叩く。お願い、出て。戻りたくない。

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