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オレンジジュース@Vancouver

ふわっと意識が浮上する。眼鏡のない視界は水の中のようにぼやけていて、向こう側がやたら明るい。守るように、自然と目を細めた。

少しずつ目が慣れて、ぼんやりと、強烈な光を遮る影が見えてきた。人の形。さっきまでここにいた、彼。業務用みたいな巨大な冷蔵庫の白い光を遮るようにして、開けっ放しの扉の前に、彼が背を向けて立っているようだった。
ベッドサイドに目をやれば、白く「AM3:25」と浮かび上がっている。やっぱり時差がキツイのかな。機内が寒くてノドがイガイガするっていってたし。

1人じゃこんなところは使わない。縦にも横にもゴロゴロ転がって遊べるくらい大きくて頑丈なベッドに浮かれて、たくさん転がって騒いだ。いまは、耳がキンとなるくらい静かだ。そっと、足を床に下ろす。カーペットは真紅で厚みがある。なんだか靴を脱がずに立ち入るのにそわそわした。裸足の足音が吸い込まれる。

影の背中にたどり着く。彼と私はあまり背丈が変わらない。ぴたりとくっつけば、影はちょうど一つになるのかなぁ、寝ぼけた頭でそんなことを思う。指先で背中をトン、と触ればピクリと揺れた。肩越しに振り返る。顔に影ができる。長いまつげ。えくぼ。音を立てずに彼が喉で笑う。右手にオレンジジュース。パックに直接口をつけてぐいぐい飲んでゆく。さっきじっくり触れた喉を食い入るように見つめた。いる?と聞かれて思わず首を横に振る。

機械越しでしか知らない声を目の前で聞いたら、私の体はどんな風に震えるのだろう。触ってみたくて、どうしようもなかった。皮膚を、その下にある筋肉や骨の形を、もっと奥にあるものを確かめて、感じて、覚えたかった。

12時間前に会ったばかりなんだから、私たちは。触れたい。もっと。
また離れても、ありありとおもいだせるように。

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