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Open sesame@Hokkaido

キキ、とブレーキの音がして、車が停まった。後部座席、助手席の後ろ座っていた私は軽く背中を打った。このまままっすぐ進めば、公園が右手に見えてきて、もうすぐ着く。でもここはずいぶん手前の、周りに何もないただの道。住宅街だが車も人もあまり通らない。画質の悪いホラーゲームに出てきそうな暗い街だ。

いきなり明るくなって反射的に瞬きをした。車内のライトが点いたんだ、ドアを開けたら自動で点くやつ。続けてバン、とドアが閉まる音。ライトは点いたまま。カチカチカチ、二重の三角マークのボタンを押すと鳴る音。隣のシートに人の気配。誰かって?彼しかいない。それでも私は顔を上げなかった。

一人っ子の私は、その人を兄のように思っていた。彼は、私が何となく家に帰りたくないことを知っていた。そういう話ができる相手だった。その日、私はいつも以上に帰るのを躊躇っていた。何か特別なことがあったわけではなかった。ただ、かまって欲しかった。甘えたかったのだ。

はぁ、とため息が聞こえてドキッとした。呆れられただろうか。ギッとスプリングの音がして、シートが沈み込む。ふっとライトが消えて暗くなり、突然の暗さに目がついていかない。顔を上げる間もなく、何かが押し付けられる。

口に、私の。…何だ?びっくりして訳が分からなくて、目を閉じるどころの話ではなかった。覚えのある柔軟剤のような香りがすぐそこでする。これは車の匂いだっけ…。考えがまとまらないうちに、今度は口の中をぬっとしたものがぐるん、と一周して離れていった。茫然と横を見る。彼しかない。大きくてぺたっとした手のひらで、擦るように髪を一度撫でつけて、彼は運転席へ戻っていった。

あっけなく、車が発進した。助手席の肩あたりを掴んで下を向く。なんだ?何があった?何をした?心臓の左斜め上の鎖骨のあたりが、ドク、ドク、ドク…と強く震えている。おなかと股関節のあたりが変だ。自分の知らないどこかが、かぱっと開いている。そこが熱い。壁がそびえたつその空間の、天井が左右に広がって、何かが滴り落ちて止まらない。その空間が私の股関節を横に押し広げている。骨が位置を変える音が確かに聞こえた。自分の体が作り変わっていくのを見るのは、初めてだった。私は戸惑っていたし、何が起こっているのか全然わからなかっけれど、一方でとても冷静で、当たり前のようにその変化を受け入れていた。

この公園が右手に見えたら、もう着いてしまう。私は何かの通過点を超え、決定的に変わったのだと思った。もうこの空間が閉じることはない。骨が元の位置に戻ることもない。やっぱり帰りたくないことと、自分の身体が数分前には戻らないことだけは、わかっていた。

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