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シーフードヌードル@Nagano

怒涛の繁忙期が終わった。9月に入れば満室になる日は稀だったが、今度は紅葉を求めるお客が来るようになった。電話で「紅葉はどんなもんですかねぇ」と、判で押したように聞かれる。「色づき始めましたが、自然相手なので、わかりません」。下界のような、常にこちらが下手に出ることを求められる接客は、ここではいらない。そこが好きだった。

空気は一気に冷たさを増し、食堂にはどん、とストーブが置かれた。相変わらず忙しかったが、お盆前後の満室祭りと比べれば、鼻歌まじりの毎日だ。スタッフが交代で休みを取ることになり、私は頂上へ行くことを決めた。人生ではじめての、「本物の」登山である。

私が働いていた山小屋は、山を「やる」人曰く、日帰りもできる初心者向けの山の、中腹にあった。お金と時間を持て余した年配のお客の中には、高価な重装備で来る人も多いが、支配人など長靴が一番、スニーカーで十分、と断言していた。

日の出前、朝4時に起きる。前日、支配人がお客用と同じお弁当を作ってくれていたので、ありがたく朝ごはんにいただく。唐揚げと卵焼き、梅干しのおにぎり2つ。最盛期は1日に100個以上作った。銅のやかんでガンガンに湯を沸かし、水筒に注ぐ。蒸気でメガネがくもった。上山するときに生活用品と衣類とkindleを詰め込んだ45リットルのザックに、お湯と水の水筒、雨具上下、タオルを入れた。スカスカで軽い。そして最後にこれ。カップヌードルのシーフード。
頂上で食べるカップヌードルはうまいぞ〜と、先輩が教えてくれて以来、絶対やる、と決めていたのだ。

勤務開始までずいぶんあるのに、同僚たちが起きてきて、見送りをしてくれた。トレーニングと称して毎日のように登っている先輩もいるくらいなので、すこし恥ずかしかったが、気をつけてね、がんばれよ、と言われてすごく嬉しかった。

自慢じゃないが持久力はない。2時間くらい登ったところから、まめに立ち止まって休むようになった。キツくても止まらない方がいいとは聞いていたが、肺が苦しく喉が詰まって無理だった。一歩一歩、じりじりと進む。湿気った土にスニーカーが沈む。はぁはぁという自分の呼吸。風、葉がカサカサいう音。私と自然、それだけしかいない。気持ちいい。誰も私を見ていない。

登れば登るほど、たしかに葉は色づき始めていたが、鮮やかな色というよりも、冬へ向けて着実に準備をしていますが何か、という、落ち着いた色をしていた。

鎖場を越え、いよいよ山頂の小屋が遠くに見え出した時、ぽつりと頰にあたるものがある。降ってきてしまった。雨だ。ザックからレインウェアを引っ張り出して着る。念のため、ザックにもカバーをつけた。一気に暑くなり、呼吸が一段荒くなった。ここまできたら山頂まで行こう。

切り立つ崖に沿うように立つ山小屋は、いったい誰がどんな風に建てたのだろう。というより、そもそもなぜこんなところに建てようと思ったのか…想いを馳せつつ、「山頂」の看板を目指した。地面は砂利になっている。

「はぁ、着いた…」
誰もいない。「頂上 二、六九六・四m」と書かれた木の立て看板があるのみ。広い。ぽつ、ぽつ、雨が当たってウェアがぱり、ぱり、と鳴っている。
思わず腰を下ろした。雲は重く、爽快感はないが、じわじわと足元から胸に向かってたしかな重さを感じる。やった。登れた。
そのまま背を倒して横になる。ゴツゴツした岩を背に感じながら、目を閉じる。じんわり、自分の体がほどけて、なくなっていくようだ。登山なんて苦しいこと、何でするんだろうと思っていたけど、この感覚なんだろうか。

遠くからゴロゴロ…と音が聞こえる。まずい、雷が来てる。勢いよく体を起こす。岩に押し付けた手のひらに小石が刺さって痛かった。一瞬、お湯の入った水筒に手をのばしかけたが諦めた。私のシーフードヌードル…。

その後、ほとんど走るようにして下山した。行き4時間かかった道を1時間半で戻ったら、脚はもちろん、膝も腰も股関節も痛くて階段は手すりに縋り付きながら、ものすごい時間をかけなければいかなかった。自室の二段ベッドにすら登れず、同室の子に布団をおろしてもらうしまつ。

ザックを開けると、ころり、手付かずのシーフードヌードルが転がり出てきた。熱湯だったお湯はすっかりぬるい。明日、働けるだろうか。

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