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ジャガイモ@Hokkaido

ほら、海ちゃん、呼ばれなさい。
その中では一番若いおばあちゃんが、ニコニコと笑う。ひっくり返した年季の入った水色のコンテナの上に、菓子パンがならぶ。10時と15時、農家はしっかり休む。じゃないと体力がもたないからだ。「しっかり」すぎて、たった1週間なのにお腹周りが太ったが。

朝8時から夕方5時まで。私は誰より若かったが、時給のお手伝いさんだから、と誰より働く時間は短かった。おじいちゃんおばあちゃんたちは日の出から働いているという。収穫期、過疎が進むこの地域は若手が足りない。お子さんたちは皆、都会でお勤めなのだという。
友達の投稿を見て軽い気持ちで手を挙げたら、予想以上に歓待された。

晴れた日は収穫だ。畑を進みながら土を掘り返し、ジャガイモを掘り出す機械の上に乗り込む。容赦なく流れてくる泥の中に手を突っ込んで、根っこや大きな石や、いらないものを取り除く。初日の開始5分で持ち込んだ軍手は使い物にならなくなり、おばあちゃんがプロ仕様(ホームセンターで売っているやつ)の、手のひらと指先がビニールになっていて、手の甲は通気性が保たれている作業用手袋をくれた。
登山用のレインウェアは一発で泥だらけになり、袖口の皺には洗っても洗っても取れない土が模様のように入り込んだ。

北海道の畑は広い。どの作業にも大抵たのもしい専用機械はあるが、人の手が必要なところもまだまだあるのだ。
朝しっかり日焼け止めを塗っても、シャワーを浴びればヒリヒリと焼けたことがわかるし、髪は土埃で手ぐしも通らない。毎日くたくただった。

雨の日は仕分け作業。なんと、手作業で一つ一つ、S、M、L、規格外の重さ別に分けてゆくのだ。見上げても天井が見えないほど高い倉庫に山のように積み上がったジャガイモ。私を入れて5人が、ひっくり返したコンテナに座り、一つ一つを秤にのせ、それぞれのサイズのコンテナに仕分けていく。少し進んだ、と思ったら、フォークリフトに満杯の袋をひっかけたおじいちゃんがやってきて、ザザザザ…と「おかわり」を置いていく。何度気が遠くなったことか。ジャガイモを持ちすぎて、いつのまにか手に取っただけでどのサイズか判断できるようになってしまったし、もっといえば自分の手がジャガイモに見えるようになった。
コンテナの模様がお尻に刺青のようになるんじゃないかと思った。おばあちゃんたちの噂話と、電池式の古いラジオから流れるローカルAM局の声が、じわじわと倉庫に響いた。

あっという間に時は過ぎ、私のジャガイモ収穫体験バイトは終わった。
皆、私の帰りをおしんでくれ、道中食べなさい、と、たくさん菓子パンをくれた。帰宅後、ジャガイモが大きなダンボールで二箱も届いた。パッと開けて、だいたい規格外だな、と思った私は、本当に短い間しかいなかったけれど、農家のおばちゃんの目をもったのだな、と思った。

翌年、お手伝いにいった農家のおじいちゃんが亡くなったと聞いた。私が手伝った時が、最後の収穫になったらしい。おじいちゃんはガンで、放射線治療を受けながら、トラクターを運転し、フォークリフトで袋を持ち上げ、誰よりも働いていたのだった。農耕機メーカーのロゴが入った帽子をとって、髪が抜けてなぁ、とため息をついていた。俺たちだって買ってもらえるなら、薬なんてかけたくないんだ、とじっと畝を見つめてた。

洗濯してももう土の色は落ちないんだろう。かすれた紺色の作業着の背中が今も忘れられない。

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