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野菜スープ@Tokyo

いつものように起きる。ぼうっとしながら洗面所へ向かう。髪をあげ、蛇口をひねる。顔を濡らしたときに違和感があった。ガサガサしている。何かが変だ、と思いながらもいつも通り顔を洗い、タオルで水を拭き取った。
私の顔は、ゾウのようにガサガサして赤いまだら模様になっていた。

なにこれ……呆然とした声が出る。鏡の中の自分に焦点が合わない。
思わず顔を触る。額、頰、鼻、顎。そのまま視線を腕にやれば、まだら模様は腕にも広がっていて、同じようにガサガサしている。皮膚がめくれて赤い湿疹があちこちにある。
……痒い。

ふらふらと部屋へ戻る。パジャマをめくれば、腹や背中にぷつぷつと湿疹がある。痒い。耐えられないほど痒い。

その日は雪だった。東京とは思えないような雪景色が庭に広がっていて、しんしんと、音もなく降り積もる。
とりあえず、病院…この雪ではバスも電車も動かないだろう…皮膚科、女医。検索。普段なら電車で10分もかからない距離の病院がヒットする。歩きだと…45分。雪道なのを考えれば1時間くらいはかかるかもしれない。きっと今日は誰も出勤できないだろう…歩ける距離に住んでいる私を除いて。

ライトダウンの上にレインウェアを重ね、ニットキャップをかぶる。旅をしていた頃、こうするのが暖かく、濡れないと学んだ。東京の雪は水分を含んでいるので、北海道のように雪を払うことができないのだ。
ひざ下まである、雪国仕様のスノーブーツを履いた。実家から送ってもらったものだ。外へ出れば、息が白かった。

ざく、ざく、ざく、歩く。
足跡の形に雪が抜けて、濡れた地面が見える。道路を行く車はどれもノロノロ運転で、よくもまぁそんなへっぴり腰で運転ができるなぁ、と思った。右手に川を見ながらゆるい坂道を登る。携帯で地図を確認しながら歩く。途中、かなりキツイ坂道があった。上から車が走ってきて思わずどきっとした。
痒い。我慢できずにレインウェアとライトダウンをまとめてめくり、爪を立てる。血が出た。…怖い。どうしよう。カナダで湿疹が出たときは、動物性食品へのアレルギーだと言われて、一時期ビーガン生活をした。そのときは2週間ほどで落ち着いたが、今そんな肉中心の食生活はしていない。1番の違いは、掻けば血もでるが、それと一緒に謎の、錆びたような匂いのする汁みたいなものが出ることだ。これは、いわゆるアトピーというやつでは…?

結局、病院に着くまで1時間ほどかかった。まだ受付も開いていないようで、階段下には2人ほどお年寄りが待っていた。しばらくして看護師さんがやってきて、受け付けを始めます、という。初診であることを伝えると、問診票のようなものが渡された。

私より先に来ていた人たちは常連さんのようだったが、なかなか時間がかかった。チラチラと時計を見る。そろそろ始業時間だが、仕方がない。上司に事情を伝えて時間休をもらう。
次の方どうぞ、と言われてわたわたと診察室へ向かう。重い引き戸を横へ押すと、すでにくたびれた様子の女性がいた。2、3質問を受け、患部を見せてください、と言われてカーテンの向こうで服を脱ぐ。……ああ、服に染みがついてる…。視界がぎゅっと狭くなる。医者が入ってきて、私を見るなり、どうしたんですか、これ、と言った。……そんなの、私が聞きたい。起きたらこうなっていたんです、と小さな声で言うしかなかった。

アトピーですね、ずいぶん酷い。小さいときもありました?
いえ、ありません。こんなのは初めてです…。

2種類の強さのステロイドと保湿剤、あと飲み薬も出しますからしばらく様子をみてください、とあっさり言われて退室した。
アトピーやアレルギーの原因は数え切れないほどあり、検査をしても結局わからないことも多いのだと言う。…どうしたら。

会計を待つ間、カナダで湿疹が出たときにひたすら飲んだ、デトックス効果が高いという野菜スープのレシピを検索した。それはすぐに見つかったので、アトピーとは、と調べる。
民間療法からステロイドの危険性までたくさんの情報が出てくるが、結局わかったことは、原因はわかりません、ということだった。
…このままだったらどうしよう。
もう痒い。思わず顔を覆う。手のひらに感じる肌触りに覚えがなく、一体私はどこへいってしまったんだろう、と思った。

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