甲斐毅彦

甲斐毅彦

最近の記事

角幡唯介さんの「書くことの不純」

 探検家・ノンフィクション作家、角幡唯介さんの「書くことの不純」(中央公論新社)を読み終えました。  登山家や冒険家には名文家が多いと思います。植村直己さんも、小西政継さんも、その登山家としての功績が卓越していただけでなく、文章としても素晴らしいものを残している。他の競技スポーツと違い「行為者」=「表現者」となるのが当然のジャンルだからかもしれません。  角幡さんが自らの探検行の中で、掲げた疑問は非常に興味深いものです。チベット・ツァンポー峡谷単独探検でのこと。食糧が尽き

    •  「ジャーナリストの条件 時代を超える10の原則」

      ジャーナリズム倫理の金字塔として世界中で読まれている名著「THE ELEMENTS OF JOURNALISM」第4版の訳書が「ジャーナリストの条件 時代を超える10の原則」として新潮社から出版されました。翻訳は元共同通信で現在は早大教授の澤康臣さんです。世界的スクープとなったパナマ文書報道に携わった、私が敬愛するジャーナリストです。  20年以上前に日本評論社から出版された旧訳書「ジャーナリズムの原則」は、私もすでに読んでおり「ジャーナリズムの第一の責務は真実である」で始

      • 「可能性にアクセスするパフォーマンス医学」

        「格闘技医学」の提唱者、二重作拓也さんの新刊「可能性にアクセスするパフォーマンス医学」(星海社新書)を読みました。空手家でもあるスポーツドクターが、格闘技と医学の知見をベースに、スポーツのみならず、、舞踊、音楽などあらゆる分野のパフォーマンスを向上させる可能性について説いた好著です。  本書の「はじめに」でも書かれているように、核となるメッセージは「誰もがパフォーマンスを向上させられる」ということ。むしろ、これを本書のタイトルにしてしまった方が良いのではないかとも思いますが

        • 「北海道犬旅サバイバル」

           無銭旅行を満喫するということは、若者の特権だと勝手に思っていた。学生時代に山岳部に所属し、合宿がない時期にはバックパッカーになって東南アジアやアフリカの旅を満喫していた私も、サラリーマン生活がそろそろ30年になるという時期になると、そんな日々は遠い昔のことのように感じる。  ところが、50歳を過ぎてそんな無銭旅行を完遂した人物がいる。サバイバル登山家、服部文祥。一匹の猟犬を連れて銃を持ち、宗谷岬から襟裳岬まで北海道南北分水嶺700キロを2か月かけて踏破した記録を「北海道犬

        角幡唯介さんの「書くことの不純」

          「ホープレス in ドナウ川」

           佐藤ジョアナ玲子さんの新刊「ホープレス in ドナウ川」(報知新聞社)を読みました。斉藤茂太賞を受賞したデビュー作「ホームレス女子大生川を下る」に続く川下り体験記第2弾です。  小説でもそうだと思いますが、特に事実を題材とするノンフィクションは1作目が評価された後の2作目というのは難しいものです。1作目のインパクトがあまりにも大きかったので、今度はどうかな…と思いましたが、見事に1冊目の水準を維持した読み物になっています。  ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー

          「ホープレス in ドナウ川」

          『事実を集めて「噓」を書く 心を揺さぶるスポーツライティングの教室』

           もう21年も前のことですが、知り合いからスポーツライター講座の講師を頼まれたことがありました。記者歴6年目。今よりもっと未熟で、人に教えるなどとんでもない。丁重にお断りしましたが、即座に「あの人なら間違いない」という人物として、浮かんだ代役が、藤島大さんでした。  その時は藤島さんを口説き切れなかったのですが、その4年後には結局、別のところからの同じような依頼を引き受けていたようです。新刊『事実を集めて「噓」を書く 心を揺さぶるスポーツライティングの教室』(エクスナレッジ

          『事実を集めて「噓」を書く 心を揺さぶるスポーツライティングの教室』

          「〇月〇日、区長になる女。」

           ポレポレ東中野で公開中のドキュメンタリー映画「〇月〇日、区長になる女。」(監督・ペヤンヌマキ)を観て来ました。  2022年6月の杉並区長選挙。緑豊かな文教都市で行政が進めている再開発、道路拡張、施設再編計画にストップをかけたい住民たちが、擁立した、元NGO職員・岸本聡子さんの選挙戦を支援者が内側から撮影した作品です。  草の根的な市民選挙を展開し、3期12年勤めた田中良氏をわずか187票差で破り、初登庁するまでを追っています。  先日、タレントの渡辺満里奈さんもこの

          「〇月〇日、区長になる女。」

          「イラク水滸伝」

           敬愛するノンフィクション作家、高野秀行さんの最新作「イラク水滸伝」(文藝春秋)をやっと読み終えました。  中国の「水滸伝」に描かれているように、世界史上には、町に住めなくなったアウトローたちが集まり、レジスタンス的な活動を展開する湿地帯がいくつも存在するという。ベトナム戦争時のメコンデルタ、イタリアのヴェニス、ルーマニアのドナウデルタ、一向宗徒が集って織田信長を苦しめた濃尾平野…。  そして、人類の文明発祥地であるティグリス川とユーフラテス川が合流する「アフワール」(湿

          「イラク水滸伝」

          ドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」

          ポレポレ東中野でドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」(監督・前田亜紀、プロデューサー・大島新)を観て来ました。選挙取材で候補者を追うフリーランスライター、畠山理仁さんの孤軍奮闘を撮影した作品です。  客観的に見れば当選の見込みがない「泡沫候補」を畠山さんは敬意を込めて「無頼系独立候補」と呼ぶ。バレエ大好き党、炭を全国でつくる党…。奇抜なことを訴える彼らにもカメラを向け、候補者全員を取材するまでは書かないというのが、畠山さんの流儀。これをフリーランスの立場でやる

          ドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」

          「ヤジと民主主義」

           ポレポレ東中野で公開中のドキュメンタリー映画「ヤジと民主主義」(監督・山崎裕侍)を観てきました。  2019年7月15日、札幌市で安倍首相(当時)が演説中に「安倍やめろ!」とヤジを飛ばした男性が、大勢の警察官に取り囲まれて強制的に排除された事件。ヤジも飛ばせない世の中って恐くないか? そもそも排除に法的根拠はあるのか? 法廷闘争にまで発展したヤジ排除問題を北海道放送記者が取材したドキュメンタリーの劇場拡大版です。  作品は強制排除された男性と女性の闘争と道警側の対応を具

          「ヤジと民主主義」

          「犬橇事始」

           探検家・作家の角幡唯介さんの「裸の大地 第二部 犬橇事始」(集英社)を読み終えました。北極での狩猟漂泊行の第2作。  すでに「地理上の到達主義」を脱した探検家の著者が描こうとしているのは、従来の「到達者」の視点を「狩猟者」に変え、犬橇を操り、獲物をとりながら自由自在に旅することで、初めて見えてきた極限の地の姿。つまり「裸の大地」です。  必ずしも思い通りに動かず、時には暴走する犬たちを従えての悪戦苦闘ぶりだけでも読み応え十分ですが、角幡さんのすごいところは、犬橇旅行を通

          「犬橇事始」

          「ブッダという男ー初期仏典を読みとく」

           ブッダ(釈尊)観が一変する衝撃の一冊を読みました。12月10日に発売された「ブッダという男―初期仏典を読みとく」(清水俊史著、ちくま新書)。  初期仏典に登場するブッダは、空中浮揚や瞬間移動をしたなど、現代人の感覚では信じがたい神話的記述に満ちた形で描かれています。そういった神話的要素を取り除き、歴史的人物としてのブッダ像を浮き彫りにしていくというのが、中村元博士をはじめとする近年の仏教学者の仕事だったと思います。  歴史的人物のブッダは、迷信や呪術、さらには業や輪廻を

          「ブッダという男ー初期仏典を読みとく」

          「天気のことわざは本当に当たるのか考えてみた」

           大学山岳部時代のヒマラヤ遠征でベースキャンプへ向かっている時のこと。テント内にヒルが次々と侵入して来て辟易したことを覚えています。  「明日は雨だな」。そうつぶやいたのはシェルパのサーダー。その言葉どおり翌日はザーザーと雨が降っていました。目や耳、肌で感じて天気を予想する「観天望気」というのは、バカにできないんだな、と感じた私の体験です。  「猫が顔を洗うと雨」「暑さ寒さも彼岸まで」なんていう言い伝えは、多くの方が耳にしたことがあるのではないでしょうか。天気にまつわるこ

          「天気のことわざは本当に当たるのか考えてみた」

          サバイバル登山家、服部文祥さんの「いのちのうちがわ B面」

           サバイバル登山家の服部文祥さんから新刊「いのちのうちがわ B面」(笠倉出版社)を送って頂いた。写真家・石川竜一氏の写真作品とコラボレーションした写真詩集。案内文には手書きで「詩人デビューしました」と書き添えられてい。  最小限の装備で山に入り、食料は獲物を撃ち殺すことで現地調達する登山家の服部さんが詩人に―。ただ、突飛だという印象はまったく感じなかった。なぜなら服部さんは松本清張賞候補にも挙がった「息子と狩猟に」(新潮社)という問題作で、既に小説家デビューをしているから。

          サバイバル登山家、服部文祥さんの「いのちのうちがわ B面」

          映画「福田村事件」

           森達也監督の劇映画作品「福田村事件」を池袋シネマ・ロサで観てきました。 https://www.fukudamura1923.jp/  題材は1923年の関東大震災の混乱の中で、香川県の薬の行商団が千葉県の福田村(現在の野田市)を通りかかった時に、讃岐弁を聞き取れない自警団たちが「震災の混乱に乗じて略奪や放火をはたらく朝鮮人たち」と間違えて、女性や子どもを含む9人が惨殺された事件。  その概要も、森さんの狙いもある程度分かった上で観ましたが、それでも映像の力は強烈で、涙が出

          映画「福田村事件」

          『東大野球部には「野球脳」がない。』

           新刊『東大野球部には「野球脳」がない。』(文藝春秋)を読みました。最難関国立大学において、野球に情熱を捧げる頭脳派選手たちへのインタビューで構成された1冊です。  私は、立教大学に通っていた頃、東京六大学野球の応援に何度か神宮球場へ行きました。私が1年生だった89年は、エースの元永知宏さん(現スポーツライター)が活躍し、23年ぶりのリーグ優勝を遂げた年でしたが、それ以降は低迷していたと思います。  対戦相手が東大である時には、応援にも熱が入った記憶があります。なぜならば

          『東大野球部には「野球脳」がない。』