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もういいやが心地良くて

夜を駆けるのをやめる心地よさ

夜11時、タバコを吸いながら、もっとも快感を得るのは、諦める時だとふと気づく。

昨晩寝ていた部屋に朝から籠り、コーヒーを飲み、資料を作り、会議をして、仕事を終える。夕食をとってゴミ出しをして、そのままランニングを開始した。

最初の1kmは全然余裕で、石野卓球に合わせて軽快に夜を駆ける。段々と梅雨の蒸し暑い空気が背中に張り付き、腕、顔を覆っていく。1.5kmを過ぎたあたりで次第に「もうそろそろいいかな」と時計に目をやる頻度が高くなる。

1.8kmあたりでもういいかな、いや流石にもう少し続けようかなと逡巡が始まり、束の間、2kmを過ぎたあたりでもういいや、と走るのを止めて歩きに変わる。

石野卓球からVIDEOTAPEMUSICに切り替える。
夜風が気持ち良い。
コンビニでスポーツドリンクを買って飲み干す。

ランニングによる消費カロリーは150kcal、スポーツドリンクのカロリーは125kcal。全く意味がない。

諦める時の心地よさは生活の中に潜んでいる。仕事の企画書作りも、動画制作も、退勤の打刻も、読書も、辞める時を自分で決める時、「もっとデキるハズ」という期待値を大抵下回って「どうせ自分はこんなもんだよな」と独りごちながら諦める。何かをしている最中ではなく、終わりを決める時にこそ、心地良い快感を得るのである。

諦めたら心地良くなるよ

夜の福岡・六本松でタバコを吸っていて思い出した。
どうやら私には原体験があるようだ。

タバコを吸い始めたのは、大学に入って少ししてから。
小学生の頃から剣道をしていた私は、弱小高校を経て、大学でも剣道を続けていた。

それまでは身体の成長も助けて、続ければ続けるほど剣道がうまくなっていたが、体育会ではないサークルの稽古量で、剣道における成長曲線は緩やかな下降を始めていた。

モチベーションが落ちている頃、他大学とのサークル対抗の大会があった。個人戦のトーナメント表を見ると、選手名の下に()で高校名が記載されていた。

2試合目の相手は私の地元神奈川の強豪校出身の選手だった。名前を見れば、かつてレギュラーだった選手。戦績を考えればまったく敵うはずのない相手だった。

しれっと1回戦を勝ち抜いた私は、2回戦で強豪校の選手と予想を反した接戦をくりひろげ、延長戦にもつれこんだ。接戦の理由は、相手の単調な動き。速いのにわかりやすいので私も対応出来てしまい、なかなか決まらない。ふと面の奥の表情をみると、私よりも辛そうな、悔しそうな顔をしている。

きっと、高校を卒業してから遊んでばかりで、相当なまってしまったのだろう。

「なんだ、高校の頃はあんなに差があったのに、もう弱小高校と同じレベルになってしまったのか。残念だなあ」

もうこれ以上剣道は上手くならないんだな、この人も私も。もういいや。

そう思っているうちに私は負けていた。
試合が終わるとタバコを吸いに行った。程なくして剣道も辞めた。なんだかとてもラクになって、心地よかった。

そうやって色々なことを諦めて自堕落な態度を決め込むのはとても簡単で、心地よい。

当然ながら、なにかを始めないと諦めることはできないし、どうやら真剣にやればやるほど諦めた時の心地よさが高まるようだ。

なるほど、タバコのように簡単に火をつけるだけではだめなようで、なかなかに憎い。

ラーメンでも食べて帰ろうかなと思ったけど、大人しくやめた。

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